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  • メディア情報 | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター - Part 3
    00 NHK ウィークエンド中部 内にて10分ほど特集される予定です Posted in お知らせ メディア情報 ラジオ出演情報 3月8日 木 AM9 30 岐阜FM MORNING BARD Posted 2012年 3月 7日 0 Comments 3月8日 木 AM9 30 岐阜FM MORNING BARD に生出演します パーソナリティの筒井明子さんは 月に1回のペースで愛知ボラセンの現地ボランティアに参加されています そして 番組やブログで被災地のことを紹介していらっしゃいます なお エール1stの企画の一つである 被災者応援758キロリレー の生中継も予定しております Posted in お知らせ メディア情報 テレビ出演情報 3月7日 水 18 17 OA メーテレ UP Posted 2012年 3月 7日 0 Comments 3月7日 水 のメーテレ UP で愛知ボラセンの活動が紹介される予定です http www nagoyatv com up Posted in メディア情報 朝日新聞 12月27日夕刊 Posted 2012年 1月 3日 0 Comments 華ちゃんの十八成仮設でのボランティア活動が朝日新聞で紹介されました Posted in お知らせ メディア情報 中日新聞 2011年12月12日掲載 Posted 2011年 12月 30日 0 Comments 中日新聞にワンコインサポーターズの記事が掲載されました 12月12日 以下本文 愛知ボランティアセンター 登録者を募集 東日本大震災の被災地を支援している名古屋市の 愛知ボランティアセンター が 震災遺児を経済面で支援する ワンコインサポーターズ の登録者を集めている 毎月11日に 1口500円の寄付を自動送金してもらう仕組みで これまで2500口の登録があった センターは2万口を目標に活動を続けている 小西数紀 ワンコインサポーターズは 震災で父母を亡くした子どもたち全員を高校卒業まで支援し続けるのが目標 集まった応援金は 毎年3月11日に震災遺児に届ける 愛知ボランティアセンターは 阪神大震災で親を亡くした子どもを支援するための会が前身 これまで阪神大震災の遺児延べ545人に計3084万円を送ってきた 東日本大震災では震災遺児を1600人と想定し 1人当たり年7万5000円を送ることができる2万口の登録者集めを目指す 来年3月11日には 支援の輪をさらに広げるため 名古屋市中区の東別院で被災者応援慈善イベントを開催する センターが現地支援を続ける宮城県石巻市から名古屋までのリレーマラソンやコンサートなどを企画している 久田光政代表は 震災遺児には 応援金を直接手渡せるように手法を考えている 全員が高校を卒業するまでの19年間活動を続けたい と話している センターのホームページは 愛知ボランティアセンター へ Posted in メディア情報 3 4 1 2 3 4 定款 会計報告 所在地 よくある質問 メディア情報 愛知ボラセンミニヒストリー 動画サイト 愛知ボラセンTV リンク Twitter aichiborasen からのツイート follow me RSS アクセスカウンター Total 1615296 Today 358 Online 0 モバイルサイト Back to Top サイトマップ トップページ 愛知ボラセンについて スタッフ紹介 3 11被災者応援イベント お知らせ 宮城県 十八成浜 ボランティア 宮城県石巻市十八成浜ボランティア詳細について 愛知ボラセンミニヒストリー 参加者の感想 活動報告 感想 ブログ 震災孤児遺児応援 ワンコイン サポーターズ 20 000人プロジェクト サポーター登録フォーム 2012年度 震災孤児遺児応援金 申請者募集要項 名古屋でのボランティア 応援物資について 思い出クリーンプロジェクト 義援金 活動支援金について 震災孤児遺児交流企画 でらえぇ 友だちつぐっぺぇ笑顔プロジェクト 活動スケジュール 阿部邦子のがれきに咲いた花 リーフレット バナー 所在地

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  • メディア情報 | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター - Part 4
    で被災地のことを紹介していらっしゃいます OA時間は午前9時30分頃から 岐阜エリアの皆さん よろしくお願いします Posted in メディア情報 6月7日 火 メーテレ UP 午後6 17 OA Posted 2011年 6月 7日 0 Comments 連絡遅くなりました 本日 7日 火 のメーテレ UP で愛知ボラセンの活動が紹介されます こちらに特集の内容が紹介されています http www nagoyatv com up Posted in メディア情報 メディア情報掲載履歴 Posted 2011年 6月 6日 0 Comments NEWSPAPER 2011年12月2日 金 中日新聞 虹 孤独死防げ ランチ応援 2011年11月20日 日 読売新聞 愛知のボランティア 復興願う758 ナゴヤ キロリレー 2011年11月6日 日 読売新聞 震災遺児 末永く応援 2011年10月22日 木 河北新報 愛知県から強力援軍 石巻 十八成浜に延べ1000人 2011年9月 紀宝町の記事 2011年9月中日新聞 めぐろの記事 2011年9月朝日新聞北陸版 めぐろの記事 2011年6月11日 土 中日新聞 東海三県の280人宮城で懸命に汗 中高生も役に立ちたい 2011年5月14日 土 朝日新聞 週末の被災地にボランティア戻る 日帰り弾丸ツアーも 2011年4月22日 金 朝日新聞 金曜の夜 被災地に贈る花 名古屋から応援メッセージ 2011年4月8日 金 朝日新聞 震災犠牲者悼む心 宗派超える 名古屋で9日法要 2011年3月26日 土 朝日新聞 阪神 支援の力 再び 私たちだからできることを TV 2011年11月12日 土 東北放送 ウォッチンプラス絆みやぎ 2011年9月12日 月 メーテレ ドデスカ 2011年8月18日 木 メーテレ UP 2011年 6月 7日 火 メーテレ UP 2011年5月23日 月 教育テレビ テストの花道 2011年 5月15日 日 中京テレビ 週刊 コダワリタイム 2011年4月26日 火 メーテレ ドデスカ 2011年4月22日 金 NHK教育 中学生日記 2011年4月21日 木 中京テレビ Every 2011年4月21日 木 読売テレビ 情報ライブ ミヤネ屋 2011年4月21日 木 メーテレ ドデスカ 2011年4月17日 日 東海テレビ スタイルプラス 2011年4月11日 月 CBCテレビ イッポウ 2011年4月4日 月 テレビ愛知 3時のつぼッ 名古屋応援TV 2011年4月4日 月 メーテレ ドデスカ RADIO 2011年9月23日 日 ZIP FM HOLIDAY SPECIAL POWER TO THE PEOPLE 2011年9月26日 月 岐阜FM MORNING BARD http blog goo ne jp 80bird e 0c6f9e137f513baed679de915679194d 2011年4月30日 土 東海ラジオ 小島一宏 一週間のごぶサタデー 2011年4月29日

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  • 応募フォーム | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター
    メディア情報 愛知ボラセンミニヒストリー 動画サイト 愛知ボラセンTV リンク Twitter aichiborasen からのツイート follow me RSS アクセスカウンター Total 1615296 Today 358 Online 0 モバイルサイト Back to Top サイトマップ トップページ 愛知ボラセンについて スタッフ紹介 3 11被災者応援イベント お知らせ 宮城県 十八成浜 ボランティア 宮城県石巻市十八成浜ボランティア詳細について 愛知ボラセンミニヒストリー 参加者の感想 活動報告 感想 ブログ 震災孤児遺児応援 ワンコイン サポーターズ 20 000人プロジェクト サポーター登録フォーム 2012年度 震災孤児遺児応援金 申請者募集要項 名古屋でのボランティア 応援物資について 思い出クリーンプロジェクト 義援金 活動支援金について 震災孤児遺児交流企画 でらえぇ 友だちつぐっぺぇ笑顔プロジェクト 活動スケジュール 阿部邦子のがれきに咲いた花 リーフレット バナー 所在地 会計報告 寄附金控除について 定款 リンク よくある質問 お問い合わせ ブログ 新着情報 重要 ボランティアバス派遣

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  • 命をつなぐ~阿部邦子さんとの語り合い~ | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター
    メールアドレスが公開されることはありません が付いている欄は必須項目です コメント 名前 メールアドレス ウェブサイト 定款 会計報告 所在地 よくある質問 メディア情報 愛知ボラセンミニヒストリー 動画サイト 愛知ボラセンTV リンク Twitter aichiborasen からのツイート follow me RSS アクセスカウンター Total 1615296 Today 358 Online 0 モバイルサイト Back to Top サイトマップ トップページ 愛知ボラセンについて スタッフ紹介 3 11被災者応援イベント お知らせ 宮城県 十八成浜 ボランティア 宮城県石巻市十八成浜ボランティア詳細について 愛知ボラセンミニヒストリー 参加者の感想 活動報告 感想 ブログ 震災孤児遺児応援 ワンコイン サポーターズ 20 000人プロジェクト サポーター登録フォーム 2012年度 震災孤児遺児応援金 申請者募集要項 名古屋でのボランティア 応援物資について 思い出クリーンプロジェクト 義援金 活動支援金について 震災孤児遺児交流企画 でらえぇ 友だちつぐっぺぇ笑顔プロジェクト 活動スケジュール 阿部邦子のがれきに咲いた花 リーフレット バナー 所在地

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  • ご応募以降の流れについて | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター
    ご都合が悪くなるなどでキャンセルされる場合は メール aichiborasen genchi gmail com もしくはお電話 052 990 8966 でご連絡ください お手数をおかけいたしますがご協力よろしくお願いいたします 定款 会計報告 所在地 よくある質問 メディア情報 愛知ボラセンミニヒストリー 動画サイト 愛知ボラセンTV リンク Twitter aichiborasen からのツイート follow me RSS アクセスカウンター Total 1615296 Today 358 Online 0 モバイルサイト Back to Top サイトマップ トップページ 愛知ボラセンについて スタッフ紹介 3 11被災者応援イベント お知らせ 宮城県 十八成浜 ボランティア 宮城県石巻市十八成浜ボランティア詳細について 愛知ボラセンミニヒストリー 参加者の感想 活動報告 感想 ブログ 震災孤児遺児応援 ワンコイン サポーターズ 20 000人プロジェクト サポーター登録フォーム 2012年度 震災孤児遺児応援金 申請者募集要項 名古屋でのボランティア 応援物資について 思い出クリーンプロジェクト 義援金 活動支援金について 震災孤児遺児交流企画 でらえぇ

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  • 阿部邦子のがれきに咲いた花 | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター
    それをわかってくれていたら 少なくとも 十八成住民の代表としての 役員名も 明記すべきでしたね 地域民が その 4人だけの名前を見たら 恭一君は 関わっていないのかい と 言ってくれる地域の人は 決して 少なくないと思いますよ 恭一氏自身は 俺の名前なんかなくてもいいさあ と ゆったりと言うでしょうけど でも 地域民の真意が一番重要 と言ってくれている限りは そこまで丁寧な紹介は当たり前ですよね との ご指摘 なるほどでした 本当にありがとうございます 何かに関わっていると その中にいる人は つい なあなあ まあまあ とか なりがちなので これからもお気づきの点は どうかご指摘を よろしくお願いします みなさんが 十八成のこれから について 大きな関心を持っていてくださっている それが本当によくわかりました ありがとうございました 返信 ジーコ より 2012年9月7日 1 40 AM 初めてメールするんでドキドキっです 私 久田先生のブログを読んで あら と思った一人です あそこを読むのは愛知ボランティアに関心のある人と 十八成浜に関心のある人が殆どですよね だったらばなんで恭一さんの名前を書かなかったのか不思議だし変ですよね 沼倉さんとか及川さんとか後藤さんなんて読む人のほとんどは知りません そして 役員と言うのも立派な幹部ですよね たった二行ほどあれば 書けることですのにね 面倒うだったのかな 重視していなかったということなのかな だったらボランティア参加者の思いや 地域の方々の思いをまるっきり受け止めていなかったということですよね 恭一さんの名前を出せばボランティア参加者も 地域の人たちも納得するのにね 変だって思いました だから邦子さんが 大丈夫ですよ と書いてくれて 安心しまくりました 多くの人がそうだと思いますでっすよ 私は何度か参加していて 愛知ボランティアセンターが今まで続いたのは恭一さんのおかげと思っています 他にもたくさん この人のおかげと言える人はいますけれども 恭一さんのことを軽く見たら罰が当たるぞと思います 地域の人が何人も恭一さんに いつもお世話になって 頼りにしてうよ と言っているのを実際に聞いてますですしね 恭一さんに手そう見てもらってないし ハグも恥ずかしくてできてないけど 顔を見るとホッとしてます 恭一さん 少しおなかの脂肪を落とせば もっと若くかっこよくなりますし 長生きできます 長生きして下さい S4参加の人に聞いたんですけど 恭一さんに会うためだけにボランティアに参加しているそうです 久田先生が思っている以上に 私たちにとって恭一さんは大事な存在ってことをわかってほしいです もちろん邦子さんのこともみんな大好きです きりっとしていて 筋が通っていて でも笑顔になると観音さんです お二人がいてくれるから 私はこれからも時間を作って十八成に帰ります 今度ハグして下さいね 恭一さん あっ言っちゃった 恥ずかしっつつ 返信 阿部邦子 より 2012年9月7日 2 09 AM ジーコさま コメントありがとうございました 何よりの応援メッセージで 本当に嬉しかったです 久田ボスが 恭一氏と私のことを 無視したり 軽く見たりしている ってことはないと 私には信じられます 私たちの名前を書かなかったのは 一つには プロジェクトをさらっと紹介 ってつもりだったので 別に深い意図はなしに 理事だけを紹介 それともしかして 私の連載で プロジェクトが動き出そうとしている とだけ紹介した中に 恭一氏は役員 私は広報と言うことで参加している と書いたんで それでもう 少なくとも私の連載を読んでくれている人には 恭一 邦子 の立ち位置はわかっているだろうと思った そしてあるいは あまりにも忙しい日々が続いて疲れ切っていたので 役員や委員たちのことまで紹介する余裕がなかった まあ これらのうちのどれかでしょう 今回の新聞連載については 石巻 新聞社の 氏の理解と好意 そして応援の気持ちがあったからです おおいなる という言葉を付け加えなきゃと思えるほどに 幾分かは 広報担当として 任を果たしている と 思っています うぬぼれとか 自己主張ではなく それはいちいち 邦子さんのおかげ と言われなくてもいいことです ただ ガソリン代を使って 時間を作って 会議のたびに来て下さる 委員の方々には おいで下さるたびに 礼を尽くすべきだと思っています 来てくださってありがとう 言葉に出して 言うべきだと思っています 互いに認め合える たがいに感謝し合える そういう会として 歩んでいきたいと思っています これからも え ということがありましたら どうかご意見を よろしくお願いします 恭一氏はそもそも 目立つことは好きじゃないんで 地域の方の思いを一番きっと受け止めているということを 久田ボスがわかってくれている それだけでいいと思っているのかも 今度ぜひ 手相 だけではなく 全体のイメージからも判断している を見てもらいに 帰ってきてくださいね ジーコさんって もしかしてたぶんあの方 と思えているんですけど きっと 今度はお声をかけてくださいね ありがとうございました 返信 久田光政 より 2012年9月10日 12 17 PM 代表の久田です すでに 十八成ビーチ 海の見える丘協議会 の役員 委員の全員の名前をブログで紹介していますので 今更意味のないコメントの感じがしないでもありませんが 私のことがトピックになっていますから 一言申し上げおきます 邦子さんのご指摘の 一つには プロジェクトをさらっと紹介 ってつもりだったので 別に深い意図はなしに 理事だけを紹介 の さらっと紹介 はその通りです 深い意図はなしに は少し違っています 名前をネット上に出すことに少しだけのためらいがありました 恭一さん 邦子さんについては今更ということでしょうが 名前を出すなら 恭一さんと邦子さんだけではなく 役員全員ということになります そうなると 個人情報としての実名をだすことに些かのためらいがありました 従って 一切名前を出さないという考えもあると思いました しかし 愛知ボラセンの活動に参加されている方々があまりご存知ないであろう沼倉さんや及川さん 後藤さんの名前を紹介することで ボランティアさんの見えていないところで愛知ボラセンの活動が広がっているということも紹介できるのではないかと考えて 沼倉さんと及川さんだけの紹介にとどめたということを申し上げておきます 返信 阿部邦子 より 2012年9月10日 8 17 PM 同じことでも 立場や思惑で 受け止め方は色々です 個人情報になるから名前を出すのを遠慮してくださった久田ボスには そこまで考えてくださってありがとうございます ではありますが 役員になる 委員になる ことを承知した時点で 自分の名前を出されるのは困る ということはないと思います 理事 役員については そのすべてが 住民の代表 ですから 理事だけを発表となると 住民主体 という視点に 少々違和感がある ということは確かです と言って別に 会の中に そして 住民たちに また 愛知ボランティアに対して 不満分子がいるということではありません ただ 丁寧に進めて行くことは大切だというだけのことです 皆さん心配してくれている そして大きな関心を寄せてくれている その思いにも 丁寧に応えて行きたいと思っています 久田ボスがコメントを下さって 安心してくれた人も多かったと思います 大丈夫ですよ ちゃんとかなり話し合っていますから ただ その中にいると気づきにくいこと もあると思いますので これからも これってどうなのかな と思ったことは 発信をよろしくお願いします JINN より 2012年9月4日 10 08 PM こんにちわ 私は毎週楽しみに読んでますけど でもコメント書けなかったんで お久しぶりです コメント書かないんではなくて とてもとても 書けないんです 邦子さんの書いてくれたとこtとに どんなコメントが書けるというんでしょう 私は自分では想像力あるって思ってますけども 想像力などかなわない世界があるって 邦子さんのを読むたびに思います 邦子さんの体験を読んだり聞いたりしていて 自分には想像力があるからある程度以上はわかる なんて 傲慢と思えてしまった だから書けなくなった ですけれども 邦子さんは受け止めてくれると思えてるんで 勇気を出して書いています 邦子さんもきっとっ勇気を出して書いてくれていると思います ありがとうとしか言えません 出版ってなったらきっと 実家とか友達とかにこの本は読むべきだよと 身近に置いておくべきだと 言います 邦子さん何もかも背負わないでください 何でもできるから どんな人の言葉でも理解できるし 信頼があるから みんな邦子さんに頼って甘えて やってくれることが当たり前になっているんじゃないですか 邦子さんきっとイイコトありますからね あるって私は信じてますからね 返信 阿部邦子 より 2012年9月5日 12 02 AM JINNさま コメントありがとうございました 過分なるお言葉を戴き ただただ恐縮です 連載 いよいよ終了間近で 感慨深いです 昨年9月 連載の話があった時には 書けない と思いました 全てもう 忘れたいことだったし 3月までの予定で 24回分も 書くことなんかあるだろうか と思ったからです 一度 お断りしたのですよ でも 大原小学校にお世話になっていたときに 邦子さんの役割は 今のこの状態を書きとめておくこと と言ってくださった方がいらしたなと そして 毎週通い続けてくれている 愛知ボランティアセンターのことを 書き残しておきたいなと思ったこと そして 自分と周りの時の流れと心の推移を 作家としての目で 見つめてみたいと思ったこと そして 一人ひとり 一つひとつのことを書くことはできないだろうけど 沢山の方々に 連載を通してお礼を申し上げたかった などの理由で 書くことを引き受けたのでした それが 半年長くなりました 自分で 良く書き続けられたなと すべて 応援して下さる方々のおかげです 想像力についてですが 計測などできるものではないですし 人と比べる つまり あなたより自分のほうが想像力持ってるよ なんて言えないと思いますし 大体において その人に想像力があるかどうかは 自分ではなくて 周りの人たちが感じることなんじゃないかな ただ すっごく辛いことがあった時は 想像力が自分を救ってくれるのは確かで その視点から言わせていただくと のたうちまわるような癌の闘病を何度も体験していますし 子供を産めなかったり そして今度の大災害 それと一応は 無から世界を創り出す 作家 ですので まあ 私に想像力はあるもんね なので 何だかこの頃 とっても疲れやすいです 3晩ぐらい徹夜しても平気だった私は どこに行ってしまったんでしょう まあ そうなったからこそ 気づける 見られる 世界もあるので そして 作家に定年はないので 何度も言っていることですけど とにかく歩き続けます 連載が終わっても 出版です これからも応援して下さい 返信 阿部邦子 より 2012年9月2日 12 15 AM 平成24年9月1日 今日は 何回目かな 十八成ビーチ 海の見える丘協議会 の会議がありました 住民の意見を重視して 高台移転の図面を描いてくれる アーキエイドの方 大学の先生 や 市会議員 行政の人たち 石巻かほく新聞の総局長 も来てくれて 沼倉会長はじめ役員たち 委員たち 総勢20名ほど 12時半に 避難所だった 憩いの家に集まり 13時から 私は朝の お出迎え式 の挨拶の時 私は皆さんに助かってほしい だから一人でも 命をかけた私たちの体験を聞いて いざというとき 助かってほしい 大事な人を 守ってほしい と 今年の3月16日から 言っています 来てくれてありがとう その皆さんにせめて私にできることを と思ってのことです 誰に強制されたことでもない 本心から 助かって 一人でも理不尽な死に方をしないで と思ってのことです だから私は 話 聞いて とは言いません あくまでも 一人でも聞きたいって思ってくれたら 私は精いっぱいお話しします という姿勢を貫きます 私は 広報担当として 役員となっていますが 今日も 会議を抜け出して 14時から 1時間ほど 話させていただきました 出発式 そのあと に沢山の方が 話を聞けて良かった と言ってくださり 私は ああ 話せてよかった と思えました おかげさまで 最初のころ 今年3月あたり は どこか 話すほうも 聞いてくれるほうも なんて言うんだろう 手探り って感じでしたけど 今は 驚くことに 前に参加した友達から 邦子さんの話のことを聞いて 私も聞きたいと思って ボランティアに参加しました と言ってくれる方々まで 本当に嬉しいです 連載 いよいよ終盤です 長いことお読みいただき ありがとうございました 正直言って 全て忘れてしまいたいことを 心の奥から掘り出しての執筆ですので きついなあと感じることもありました でも書けて良かったと思っています 自分の心の推移も冷静に見ることができましたし 体験者だからこその感じ方 そしてわかったことなど 書きこむことができたと 自負しています それもみんな 応援して下さる方々のおかげです 心から感謝しています 何度も言っていますが 人の感性は色々です 同じことを言っても 伝わり方はいろいろだと思います でも私の思いは 言いたいことは お願い みんな 助かって 来年3月ごろ 出版予定です その時は 皆さんお一人お一人が 自分の中で風化させないために よろしくお願いします 久田リーダーは 3月10日に 愛知で 出版記念講演会を と言ってくれています あと7か月後 それまでに 十八成の復興プロジェクトも 形が見えていればいいな そして 何年か後 ボランティアに参加してくれた方々が 今度はご家族と 生まれ変わった十八成に 遊びに来てくれたら嬉しいな 嬉しいな ではなく そうあれるよう 歩き続けたいと思っています 連載が終わりましても 応援して下さいね 返信 阿部邦子 より 2012年8月30日 5 43 PM 8月30日今朝がたの 震度 5 の地震のこと 沢山の方にご心配いただき ありがとうございました 寝入りばなだったので 半分寝ボケていて 焦りました この仮設住宅は まあ たぶん 津波被害はないでしょう が ここまで津波にやられたら 十八成は 全滅ですね 何しろ土台ではなく 丸太を立てて並べて その上に とん と置いてあるだけなんで 住宅そのものが 崩れ落ちる ということはあるかもしれないなあ 被災前に住んでいた家は 築 100年 しっかりした土台 太い柱 欄間には見事な彫刻が施され 天井にはのぞき窓 一昔前 その下に囲炉裏があって 煙を出す窓だったそうです 雪が降る日 月の見える夜 空が夕焼けに染まった時 その窓は 一枚の立体的な 画 になったものでした そして 民宿用の建物 それから 恭一氏が 両親のために建ててあげた 可愛い家 大きなお風呂 トイレ 洗面所 そして収納がたくさんできる押入れのついた部屋が二つ 小さな冷蔵庫も設置して おやつや飲み物でいつもいっぱい 出窓が素敵でした 不器用そうに見えるかもしれないけど カーテンぐらいは縫えるので ちょっとしゃれたレースのカーテン 外から見ると どんなかわいい女の子が住んでいるんだろう って雰囲気 私の書斎は圧巻でしたよ こつこつ買いそろえた 世界の児童文学が壁を埋め尽くしていました 読書好きの人だったら 一歩そこに入ったら 言葉を失ったと思います 一生 居続けられると思っていました 本当に 自分の運命 どこでどうなるかわからない 逆にいえば これから フィーバーできるかもしれません ということですね 返信 阿部邦子 より 2012年8月7日 11 50 PM こんばんわ 今日もなんとか 無事 夜を迎えることができました 仮設住宅は 使い勝手は悪いけど 狭いながらの利点はあって エアコンで すぐに涼しくなります けど 被災前 民宿を営んでいた時は エアコンのない民宿 として人気があったんですよ 窓を開けると潮風がまっすぐに入って来て 夕方からもう涼しくて 明け方なんか寒いぐらいの真夏でした 海から近いということでの笑い話 ラジオ局から電話でのインタビューがあって 邦子さんのお宅は 海から本当に近いんですよね ええ 近いです じゃあ 部屋にいて潮騒が聞こえる 風向きにもよりますけど 時にはあまりに波の音がうるさいほどで 音量スイッチがほしいぐらいですよ あはは 音量スイッチですか あ はい 今 波の音が聞こえませんでしたか え 聞こえませんよ と言おうとしたら あ また 聞こえた 道路を走るトラックのエンジン音でした でもアナウンサー あ また ねえ ちょっと ちゃんと聞いてみましょうか まさか今更生番組で トラックが通る音ですよ ともいえず 困ったな と思ったら幸い またトラックが通って あ ほら 聞こえた この番組を聞いてくれている方にもはっきり 聞こえたと思いますよ ああ いいなあ 今となってはもう叶わぬ思い出です 閑話休題 今日は 通院の後 レストランで お食事をして 本屋巡りをしました 本屋さんに行くと時間を忘れますが 久しぶりで行ったせいか 背表紙を見ているだけで眼がちかちかしてきて 二件で帰ることに そこに続けざまに 4件の電話が入って 今市街地にいる と言ったらそれぞれが ちょっとでいいから会って と言うので それぞれ 20分の約束で 会いました そうしたら 奇しくも 3人の人から 大川小学校 行ってみましたか と 大川小学校 ご存知でしょうか 今 正確な数字ではないですけど 学校にいた教師 助かったのは一人だけ そして 70人ほどの小学生が亡くなり 4人の児童がまだ 見つかっていません 私は行っていません と答えました 行けないんです 私も恭一氏も霊感が異常に強いので それほどの命が一瞬で喪われたところには 行けないし 行ってどうするんだろう との疑問もあります 子供を亡くした母親の友達が言っていました そういうところを見てどうするんだろうねえ 死んじゃった子供のことを思って合掌しながら涙をこぼして 泣ける私ってなんて優しいんだろう って思いたいわけ とてもきつい言葉のように思えるかもしれませんが 彼女は強い口調ではなく しみじみと 本当につらそうに言ってくれました 被災地観光ツアーのようなものがあるそうで そういった マスコミで取り上げたところを見て歩くとか 風化させないためにはもしかして とても大事なことなのかもしれませんが 私から見て あそこはそっとしてあげて欲しいなあ と思うところは 多々 あります 拒否とか 気持ちが小さいとか そういうことではなく でもどう思われようとも そっとしたあげて欲しいなあ と言うしかない 理屈じゃないんです お願いだから そっとしといてあげて でもまあ 感性は色々ですから でも私は との理由で ちゃんとまっすぐに 向き合うべきだと思う との思いの方もおられるだろうな まあ それはそれで ああ そうですか と言えますが 時々 自分が被災者であることに 疲れます 何もかも 投げ出したくなります 何もしないで お布団に潜り込んでいたくなります 被災者の多くは まだ 突然そういう思いになる自分に 疲れていると思います それが被災者なんです 本当に 理屈じゃない 被災地観光ツァーで 被災者のそういう思いまで感じてくださったら そう思います 返信 TOSHI より 2012年8月8日 1 40 AM 邦子さん こんばんわです 宮城では お晩でござりす でしたでしょうか 今夜のメールを読んで 邦子さんと震災前に会いたかったと思いました 海の波の音が部屋にいて聞こえる民宿ですか 前に読みましたけど 部屋で水着になってすぐの泳げて 海から上がってすぐにお風呂に入れる民宿だった そして クーラーなんかいらない民宿だった 夜は邦子さんと恭一さんんとお茶かおちゃけか お酒です すいません 語り合うんですか 宿のお客さんたちから恭一さんの手相占いは絶対的な 絶大な でしたか 信頼がありましたそうですね 頭がよくてセンスがあって感が鋭い人は料理上手と聞くんで 邦子さんは絶対に料理上手で そういう民宿でしたら 流行らないわけがないです 自分も絶対に お得意さんになっていて 見年夏になると ただいまあ って邦子さんの民宿に通っていた可能性大でありますね こういうこと書くと辛いかもですね すいません だけれどなんだかとても悔しいです 海が邦子さんのそういう日常を奪ったとそう思うと 悔しいです ですからなおのこと負けないでくださいねと言います 悔しい思いのままで痛くないから 自分が ですけれども 邦子さんには被災前より大きな何かをつかみ取ってくれると信じられる何かがあり案す 大川小学校のことですけれども 新聞だかテレビでだか知っていました 両方で見たんだったかな 邦子さんが思いきって書いてくれたんで 自分も行きませんです 行ったら自己満足の無神経な自分になると思えますです 邦子さんがよく言っている 人間の感性と人生観は色々だからそれはそれで認めたいとは思う それは邦子さんが大きいから言えることです 邦子さんの大きさに甘えてしまう自分にはならないようにしようと思った 甘えるのではなくて 認め合える自分になります 本当になります 一日に一つ学べば一年で365も学べます 少しでも邦子さんに近付きます できたら十八成浜に自分が民宿建てて恭一さんと邦子さんに教えてもらいながら一生を過ごしたくなりました 今度帰ったとき そういう目で面接して下さい 頼みます 返信 阿部邦子 より 2012年8月8日 2 06 AM TOSHIさま こんばんわ お晩でござりす にはちょっと笑いました 嬉しくて 実家の祖母が 良く使っていた 言葉です 私は お晩です ですね 民宿の日常が あの当時のことが まざまざと蘇りました たぶん 私も恭一氏も 基本 人間好き なのかもしれません ですから姑から民宿を継いで三十数年 一年たりとも休みませんでした 乳がんの時も しこりがあるな 右わきが痛くなってきた と思いながらも 民宿は 6月から8月いっぱいは忙しかったので そのあと片づけをすませてからの 入院でした 何度も入院してますけど ですから10月の誕生日には病院のベッド ってこと 結構ありました 夏をそう暑く感じなかったのは とにかく忙しかったからでしょうね 朝の5時から 夜の11時まで でも恭一氏が 12時半から13時半まで 実はお昼寝をさせてくれました 何があっても起こさずにいてくれました そして夕食を出すのは17時で 自分たちも同じ時間に食べて 18時半にお茶わんをすべて台所に下げてから 希望するお客さんを誘って 夜の海で泳いだものでした 楽しかった ぷかりと浮いて空を見ると 満天の星が まるで降ってくるようで ほんの時たまですけど 夜光虫が発生すると パシャパシャと海面をたたくと 白かった波が ネオンサインのような輝きの青に光るんですよ 頭上を トビウオが飛んで行ったり 海の馬鹿 なんで怒ったのさ けど そうですね もしかして 久田bossのおかげで また 海水浴客用の民宿を 再開できるかも ですね もう肉体労働は無理なんで 口うるさく色々言うかもしれませんけど そうですね 民宿は間違いなく 楽しいですよ 楽しい夢を見させてくださって ありがとう 夢で終わらせないように もうちょっと 生き続けて見ますか 返信 JINN より 2012年8月5日 11 53 PM こんばんわ 初めてコメントしますが 心の中では邦子さんの連載を愛知ボランティアが更新してくれるたんびに いいや それにプラスで邦子さんがコメント書いてくれるたんびに 私もコメントしてました でも実際はさっぱし書けないでだも今回の写真見て記事読んで 邦子さんとはやっぱしただもんじゃないなって思ったら黙ってられなくなって書いたおります ただもんじゃないです 実は邦子さんのお友達のみぃさんと私友達で 邦子さんにも何回も大地震前会ってるんですけどわかったくれるだろうか 小柄でショートカットでメガネかけて帽子大好きな奴であります みぃさんが二回言ったことがあって 本物の大人は邦を絶対に面白がる 中途半端なのは邦を煙たがる 小物は自分が小物って気がつかないでなんとか邦を引きずり降ろそうとする 邦を降ろせる人なんかそうはいないよ 第一本物の大人だったら降ろそうなんて思わんしさ それより本気で怒らせたくない 敵にはしたくないね と言っていました 私は小物ですけれども 初めてみぃさんと一緒にほら国分町の所の二階の喫茶店で会った時 邦子さんの目って普通の人の目と違うと感じました 大地震でくぐなりが壊滅と聞いてみぃさんに 邦子さんの安否確認したらみぃさんはきっぱりと 絶対に助かってる 助かってたら邦は絶対にそのいるところで中心になって活躍している 邦はそういう人なんだってば と 自分に言い聞かせるように ううん 信じ切ったように行っていたのがもう 一年半年前のことなんですよね そして邦子さんはやっぱし みぃさんが行ってたとおりの人でした ううん もっと大きくなったくれていました 辛いことがあるたんびにかえって大きくなってくれる邦子さんのこと 不思議な人としかいえず 宮脇先生もきっと 自分と似たものを邦子さんに感じたのだと思います まさに大物は大物を知るです 邦子さんばんざい 返信 阿部邦子 より 2012年8月6日 12 19 AM あああ Jさん 覚えていますよ もちろん 時たま ミイから 大震災の時 あなたがとても心配してくれたとか 伺っていました 実はパソコンもですけど 出かけた時 携帯電話も家に置いていたので 全ての記録が消滅し こちらからはどなたにも 連絡は不可能でした 電話が通じてすぐに 仙台の弟に 私の携帯電話を以前の契約のまま 復活してくれるように頼み ですから私の携帯メールや電話番号を知っている人は もしや と思って連絡を入れてくれて 弟が それをすべて登録してくれ ミィとは結構早く連絡を散りあうことができました 真っ先に言われましたよ 邦は絶対に生きている 生きてさえいればその場所で 絶対に輝いていてくれる と 輝いているどころか 実際は しょぼくれて 息も絶え絶えではありますが まあ あの大混乱の中 人さまのお役には立つことはできたと 思って 自分を 勇気づけています コメント 本当に嬉しです 本当に帽子の似合う チャーミングな方 私 お世辞は照れ臭くて言えないたちです 連載 いよいよ佳境です 今後とも よろしくお願いします 9月15日 仙台で講演で 仙台に行きますので できたら ミィも一緒に お会いしたいです あの 国分町の入り口近くの 細長く高いビルの二階の喫茶店 今でもやっているでしょうか あそこのチョコパフェが好きでした コーンフレークとか邪魔なものは入ってなくて また食べたくなったな 他愛のない話をしながら 以前の携帯メール 大丈夫ですので よろしかったら 連絡下さい ミィにも絶対に会おうねって言います 本当に 可能でしたら お会いしましょう コメント 本当にありがとう 返信 阿部邦子 より 2012年8月3日 9 22 PM こんばんわ 明日愛知ボラセンが来てくれるので 執筆を中断して どなたか拙宅にいらしてくれた時のために お部屋に座る場所 を今からつくっておきますね 実は数点のご指摘がありました カウント というのがあって どれだけの方が愛知ボラセンのページを見てくれているかがわかると で 愛知ボラセン ファンで 今までずうっと開いてくれていた方々から 邦子さんの連載を掲載してから ぐん と開く人が増えましたよ と 一日に 千回開く つまり まあ お一人が数回開くこともおありでしょうけど 千人の人が このホームページを開いてくれているんですよ と で 累計で 五十六万人になっている その中でも かなりの人が 連載を読んでいるのは間違いないです と で 奇しくも他の方々からほぼ同時に 邦子さんの連載ももちろんそうですけど コメントも 近頃どんどん重要にかつ難しい内容になって来て そういうこと書いてくれるの 日本広しといえど邦子さんしかいないと思い さすが すごい ありがとう なるほど ではありますけど コメントが書けなくなっています 思うことは山ほどあるんだけど 文章にできないし あんまり軽いことかくのはずかしいし との ご意見がありました すみません まあ 真剣には書いていますし できる限り 誤読がないようにとか ちゃんと伝わりますようにとか なので かたい感じになっているかもしれませんが 真剣ではあるけど 楽しんで 書かせていただいております どんなことでも 飼い猫が子猫を産んだよ でも はじめて上司に褒められた でも 実は彼氏ができた でも この頃親とうまくいってないでも つまり 日常の呟きでいいんで 大歓迎ですので コメント よろしくお願いします 五十六万回 愛知ボラセンのページが開いていますが 少なくともその三分の一は この連載の読者ですよ って嬉しいことを言ってくれても ぴんとこないんだもんね どうか 皆さまの呟き 一行でも よろしくお願いしますね 何よりの励みですので 返信 TOSHI より 2012年8月3日 11 02 PM 書いてください 語ってください 阿部邦子さんの感じたことを考えたことを思ったことを 阿部邦子さんの感性のままにお願いします あなたの感性は本物だと思います あなたは十人の人が話したことを みんなそれぞれの思いをすべて理解できる人だと思います そのうえで判断することができる人だと思います 連載を何度も読み返し そして実は数度お話しを聞いたことがありますけども 訴えたいと言っていることがまるでぶれていないことに本当に感心しました 思いが本物だからだと思います 連載はしみじみと読めます 語りはずどんとこちらの心にまっすぐに入ってきます 何度読んでも何度聞いても決して飽きることはなく それどころか常に新鮮で いつも新しい発見があります 愛知ボランティアセンターで 愛知での講演を実現できないものであろうか カウントのことを書いておられましたが 自分は 連載を読んでいる人が多いのでカウントの数が増えているのだと思いますよ 連載がいつまで続くのか心配になっています 久田先生が連載を開催しました のお知らせの所に 本当の楽しみと書いておられましたが それってなんであろうあと勝手にいろいろと想像しています 愛知ボランティアセンターの人のための講演ですかね だったら知り合いに沢山声をかけてかけつけますですよ ただ 仕事が夜勤とかもあるので早くに日時は公表して下さい って これは愛知ボランティアセンターのほうにお願いですね みなさん どうかコメントを書きましょう 自分は下書きを何度も書き直して書いていますです そういうことを面倒だとは思わないでくださいです 阿部邦子さんだっていくらプロだって鼻歌交じりで書いてくれているのではないと思います 応援は心の中だけで言ってもダメです ちゃんと言葉に出しましょうよ 自分もまた書きたいです ずうっと迷っていたというか 恥ずかしい文章をさらけ出したくないと思っていましたけど 書けて良かったと思っていますです 阿部邦子さん TOSHI は 応援しておりますです 返信 阿部邦子 より 2012年8月3日 11 56 PM TOSIさま ありがとう どなたからのどんなコメントでも 本心から嬉しいのですが TOSIさんのコメントは ああ コメントを書かない 書けない人たちでも こんな風に思ってくれていた と 本当に 勇気と気力をくださいました なんかあまりに嬉しくて ありがとう しか言えない ほめすぎだ 汗 だけど ちょっと 心身ともに弱っていたので 今夜は めちやくちゃ素直にならせていただくね ありがと 返信 阿部邦子 より 2012年8月4日 12 30 AM ごめんなさい TOSI さまじゃなく TOSHI さまでした 名前を間違えるのって 忘れちゃうより失礼なことって 常々思っていますのに 本当に失礼しました 今度お帰りになられたら 声をかけてくださいね 返信 阿部邦子 より 2012年7月30日 10 10 PM こんばんわ 日々 いろいろな そして沢山の相談や質問が寄せられています この一週間の間に多かった 聞きたいんですけど は 邦子さんは ワンコインに関してどう思っているんですか でした 結論を言いますと 賛同しています です ボランティアと言うのは かなり色々なジャンルがあります これがボランティア という定義は難しい 私は 被災者の その時々の状況を実際に見て 思いを拾って その時々によるニーズに応えてくれる それが生きたボランティアだと思う と言い続けています でも 何かしたいと思っているんだけど 体調 経済 仕事 家庭 さまざまな理由で どうしても被災地に行けない と仰る方も沢山おられます ですから そういった様々なご自分の事情を踏まえたうえで それぞれが ご自分にできることをやればいい ではないでしょうか ですから ワンコインも その中の一つと私は思っています 被災地には行けないけど 近隣の人に声をかけることはできる 募金ならできる そういった方々の協力と力を信じられるから 久田ボスも 19年間続けます と決意できたのだと思います 今までの言動で 私が ワンコインに関しては あまり積極的には認めていない と そう思えた方もおいでと思います 私は決してワンコインに関して 懐疑的ではなく それどころか 長生きできたら 久田ボスと 19年後 やったね おめでとう と言いあいたいと思っていますし もし 思いがけない収入があったら 月々で19年間は自信がないので 体調 19年分一括で協力したい そうまで思っています ただ 私は 私自身が被災者であるということに加えて 被災者の声が とてもたくさん耳に入ってくる立場にいます 被災地にいて 被災者で たくさんの状態の被災者の生の声を聞き続ける それをしていると まさに あちらを立てればこちらが立たず ということが多いんです あなた 夫婦で生き残れてよかったわね でも子供が死んじゃったんです あの人 家が流されなくて ハッピーだよね ところが 土台がずれちゃってて 保険に入ってなかったんで 建て直すこともできないんだって 台所なんか 床が斜めになってた 親を亡くした子供って 一番支援しやすいってんで 寄付金 かなりキープできたみたいよ 私は 子供を亡くしたのに 支援とか 心のケアとか ない 親を亡くした人と 子供を亡くした人と 働き盛りの夫や息子を亡くした人と どの人が一番大変とか 一番つらいとか 決して比べられることじゃないのに 支援しやすい つまり 募金をしやすい明確さがある方向にばかり 世間の目って向きやすいよね 公平感がないと思う 被災地では日々 そういう会話が あちこちで囁かれているんです ですから例えば ワンコインに対して 私には関わりがないから と誰かが言ったとして 被災者ではない人が言ったのと 被災者が言ったのとでは 同じセリフでも その思いはまるで違う ということを 知っていただけなければなりません 被災者には 心 がないのではない 心身ともにそして今と未来に 余裕 がないのです 遺児孤児がかわいそう これから大変だろうな そんなことは 被災地以外の方より よくよくわかっているんです でも 生き残ったその子を見て 子を亡くした母親が 私 ワンコイン したい とは まだまだとても 言えないのが真の思いだと思います 私も今はまだ 参加する までには至っていません 気持ちは 最初に申したようにあるのですけど つまりはまだまだ被災者には 自分のこれからがまるで見えない不安がある 長い目で見ていただきたいと思います 被災地の方々から 邦ちゃん ワンコイン 関心があるんだけど どうすればいいのかな と 何度か相談を受けました でもそれは 被災者から見て とても 恵まれた 人たちなんです 家族の誰も亡くならず ちゃんとしたけっこうな収入があり 将来の目標も定まっていて だからこそ そういう人たちは 自分より ずうっとずうっと辛い思いをしている被災者を見ているうちに なんかしなきゃ と 思い続けていた人たちなのです あくまでも 私に相談してきた人たちは ですが ですから私は 多くの人の生の気持ちを 毎日毎日 聞き続けているからこそ まだ動けないということなのです これでけっこう 周りに影響力があるそうで もちろん自分自身にも まだまだ心身ともに余裕がないですし 私が ワンコインに寄付させていただく そうできる時が来た時こそ 私の真の復興なのかもしれません 被災者は 被災からもう 16ケ月以上 過ぎていますけど まだ 心折れている人も多く 生まれたばかりの子がすぐには決して歩けない それと同じ状態の人がまだまだ多いと それだけはわかってください え 何度も被災地に行っているけど 皆さん明るくて かえって私のほうが元気もらいましたけど その話を聞くと 私は被災者って けなげ だなと思います 来てくれてありがとう 暗い顔なんか見せちゃいられないよね って でも明るくしているうちに 少しずつ 本当の明るさを取り戻してくれている人も多いと思えますんで だから私は みなさんは 被災地に来てくれただけで もう ボランティアの 90 は してくれているんですよ と言っているんです ただ さっきまで明るく話していた人が ふいに暗くなって部屋に閉じこもる それも被災者だって わかってください こんなことじゃいけないって みんな 自分のことが 悔しくてならないのに 突然 何もかもどうでもよくなってしまう それが一番 被災者自身 つらい ですからどうか 長い目で 見守っていてください 被災者は あっちよりこっちのほうが大変 と 比べることなどできないということも 感性と人生観はそれぞれですから まるっきり同じ経験をしても 辛いと感じる感じ方は それぞれなので これからもどうか ただいま って 明るくて元気なお顔とお声を よろしくお願いします 返信 阿部邦子 より 2012年7月29日 1 08 PM 沢山の私信 ありがとうございます すみませんがこのところ体調が悪く でも不思議とパソコンにだけは打ち込めますので ここでお返事させていただきます 十八成 海の見える丘推進プロジェクト 動きだそうとしています もともとは 避難所の初代リーダー ちなみに 二代目が私です 沼倉氏が 地区の意見をまとめたい それには原案が必要だ と 私と恭一氏を仙台まで拉致 笑 し 黒田さん 上原さんと仰る素敵な友人に引き合わせてくれて 一晩語り合ったのが そもそもの原点です で 高台移転プロジェクト が発足し 会長に沼倉さん そして 夫 恭一氏 当時区長だった後藤氏 行政に明るいと思われる 阿部敏夫氏 実はアーキエイドの教授に 私も と推薦していただきましたが まさか夫婦ではと辞退し 女性の意見もと 平塚さん そして 被災者以外の意見もと 現 区長となった及川氏の 6名でスタートしました 実は ワンコインサポターズに力を入れてくれている 愛知ボラセンに すごいことしてくれてるね は当然の感想ですが やはりそこが被災地の辛さ 確かに 親を失った子供は大変だろうけど でも国からの補助もあるよね 年老いた母親が 稼ぎ手だった一人息子を亡くして これから食べて行くこともできない 生きる気力もないと 自殺未遂をしたってこともある 伴侶を亡くした妻もそう 子供を亡くした親は 支援もないし 将来の希望もなくした そういう人たちへのケアって 考えてくれてないよね 国も誰も との訴えが 毎日のようにありました いや 実は 昨夜も二件 ありました その方々に 私はどう応えればいいんだろうと 毎日毎日 頭を抱えておりました 近頃 かなり体調が悪いのは そういう思いをみんな受け止めているからじゃないのと 友人たちが心配してくれるほどに だって 本当にその気持ちがわかるから 私には 受け止めてあげることしかできないから 愛知ボラセンの久田リーダーの今回の プロジェクト構想は それらを解決してくれるかもしれないと 私は期待しています 震災遺児孤児だけに留まらず まず 現地採用 そして 高齢者や障害者が住みたいと言ってくれる街づくり それこそが 一定だけの被災者だけにじゃない 全ての立場の被災者に満遍なく これこそどの被災者たちにも 大きな希望となってくれるはずです このプロジェクトにおいて 私は久田ボスに 立場をはっきりさせてほしい と言いました 会長の沼倉さんにも言いました 立案者であり 推進には欠かせない存在の久田ボスがどの立ち位置になるかをはっきりさせておかなければ これから関わってくれる方たちが 戸惑い 落ち着かないと思えたからです 本日 7月29日 10時より 高台移転の委員たちで 会議があり その時に ①道路をどうするか そして②関わったくれる方々の 役割図式を明確にする ③行政などに陳情する場合 民意の団体では 書類すら受理されない どういう団体として立ち上げるか を早急に取り決めてほしいと 会長に申し上げました 否 私が言ったというより ある新聞社のトップの方と沼倉氏 私たち夫婦が話し合った中で それはどれも早急に決めなければならないことだ と 会長が決断したのでした 今 会議に参加した夫恭一氏が帰宅 今日は 道路のことだけで 精いっぱいだったと どこに生活道路を作るかについて 三つの案が出たと 役割図式については 会長 沼倉氏 副会長 及川氏 会計 阿部敏夫氏 まずはこれだけを明確にしたということで 一応内定として 私は 広報担当をぜひ と言われてはいます 団体立ち上げも早急に決める ということにはなったそうです 8月4日に 久田ボスがいらしてくださるので その時に 少しは話も進むと思えています 久田さんが提案 したらしいプロジェクトって 現地の人たちは納得しているの について 今回は 久田ボスがプロジェクトを提案前の現地 原点を 書かせていただき まあ別に 反対する必要はないよなあ 万が一失敗しても 俺たちに損失はないんだよな が 大方の意見だと思えます でもやるからには 何も 失敗を目標にすることはない やるからには成功させて この小さな十八成浜が やがては 健康 経済 教育 老後 において 日本中の垂涎の的 になれるようにと そう思っています 町をゼロから いや マイナスから作り上げて行こうとしているプロジェクトに 沢山の力を よろしくお願いします 返信 いわさまみ より 2012年7月20日 3 20 AM 邦子さん 久しぶりの書き込みになってしまいました ずっと読ませていただいてましたが 言葉がうまく出てこなくて いいことを書こうとかではないのですが文字にするって難しいですね 本当にこの連載をされている邦子さんは凄いと思います 読ませていただくたびに 何ができるのだろう 何をしたらいいのだろう って 東京もかなりな暑さで うわーーー って過ごしています 仮設での夏はどうでしょうか 今日は素敵なおばあさまが声をかけてくれました 東京に来てから初めての出来事でした 嬉しかったです 人とのつながりってちょっとしたことでも何だか良い1日になった気がします 十八成に帰れた時は飛び切り嬉しく感じます 皆さんの優しさがそう感じさせてくれるのだろうなと きっかけは ですが 帰る場所がある 感覚です また帰ります とりとめのない文になってしまったのでこの辺で 返信 阿部邦子 より 2012年7月20日 7 51 PM まみさま お久しぶりです お元気そうで 嬉しいです 久田ボスがまたとんでもないことを考えてくれまして 十八成浜もしかして生き返るかもしれません 高台移転委員会 委員6人 もちろん恭一氏も入っています が 海の見える丘協議委員会 となりまして 私は 広報担当 として 活動することになりました もしかして何年か後 ボランティアにいらしてくださった皆さんに 今度は観光でいらしてください と言えるようになるかもしれません 何をしたらいいのかわからない 自分には何ができるのだろう そう思ってくださる方はとても多いですけど 焦らなくていいと思います 被災者の心が癒えるのには まだまだ月日が必要です 風化してしまう日も来るでしょう そんなころ また ひょっこりと笑顔をくれるのも嬉しい 個人的には この連載が出版となった暁には どうかお買い上げを 応援を よろしくです 宣伝 ではなく この連載の本を持ってくれている方には 私たちのこと 忘れられない そういう気持ち そして どうすれば被災の状況や 被災者の気持ちを伝えられるだろう と思っている方にも この連載の存在を教えていただければ ちょっとはわかっていただけると 自負しています 何をしていいかわからない 私たちのこと 伝えてくださるのが一番です とにかく元気でいて 返信 阿部邦子 より 2012年7月18日 2 24 AM なんかこのページ 自分だけが書いているようで ある意味 寂しい感じが かもしれませんけど 苦笑 私にはたくさんの感想が寄せられていまして その一部を AKI さま これからも ご自分の思いと体験を そのまま素直に書いてくれるだけで これは絶対に 広く そして後世にまで残すべきものだと 思っています 文体も 内容も こめられた思いも 邦子さん自身も 大好きです 邦子さんにお会いしたことはないですけど 大好きです HIRO さま プチ講演 を聴かせていただき そのうえでこの連載を読ませていただくと 確かに あ これ読んだ とか あ これ聞いた ってところはあるけど それって 邦子さんが最も言いたいことなんだろうなと 文章で読むと しみじみ だし 言葉で聞くとそのまっすぐな思いが 胸を貫く思いです こころ配り班 けっこういいです 食堂班 結構おもしろいです チーム恭一班 これこそがボランティアの基本 そう思えます ですけど 自分は 邦子さんの話を聞きたいから 聞かせて戴きたいから また くぐなりに 帰ります その日 講演とかで留守ではありませんように TOSIさま 仙台在住です 地震の被害だけでしたが ライフライン悪化のときは 食事もままならず トイレにも自由に行けず 風呂にも入れず大変でした そんな時 意見が二つに分かれました 津波被害の人だけが被災者じゃない という意見 水と電気が止まっただけでこんなに大変なんだもの 津波で何もかもなくなった人はどんなに大変だろう という意見 自分は どちらもあり だとは思っています ですけど その大変さの深さと長さを思うと 小さな子と寝たきりの年寄りがいるのでボランティアは無理なので そういう私たちにはどんなことができるのかを 本当に教えて欲しいです 募金は なんだかちゃんと渡されているのかはっきりしないので 邦子さんに会えたら たぶん 明るくてはきはきした口調で そして優しい目で 教えてくれそうな気がしますが ちょっと 怖い気もします 私の 無知による 想像力の欠落による 無神経さを見抜かれそうで もっともっとありますけど 今回はこの辺で 新聞社に電話をして 電話番号とか住所を知りたい と仰る方が多く 新聞社では すべて こういう方なんですけど 教えていいですか と聞いてくれたり 感想を伝えてくれます 石巻圏内で 阿部邦子さんって 作家って聞いたけど 自称だよね だって私 書いたもの読んだことない と言った人がいると 大笑いの笑い話として噂が広まっているようです 自分が 新聞も読んだことのない 視野が狭く学ぶ気もない おバカって 自分で暴露していることにも気づいてない人 と あ なるほど と 妙に感心しました 人間は 自分の弱い部分を 自分で暴露していることに 案外気づいていない生き物なのかもしれないなあ と 先日 まあ ご立派さまってことになっておられる方と まあ市民がすれ違う場面を見ました 市民が頭を下げて挨拶したのに ご立派さまは ただ横目でじろりと見ただけで 行ってしまいました ご立派さまが 私には 小さくて貧弱で薄汚い小動物のように見えましたね いろんな考え方があるからこそこの世は面白い そう思い続けられたら それが私にとっての 幸せかな だって私は 書くことを天職と思えているから 少なくとも 20数作は世に出していても 自称作家 になるんでしょうねえ 私もまだまだだな さあて パソコンと一緒に海にのまれた 書きかけだった作品たちと 語り合うことに専念しようっと 返信 阿部邦子 より 2012年7月16日 11 44 PM ゆーさま お電話ありがとうございました 今日は 相談がある と連絡が入って 出かけましたので 留守電への電話で お返事がほしいとのこと 11時半まで待ちましたが 明日も予定があり 体調があまり良くないので すみません 今夜は休ませていただきたく このページを時々開いておられるとのこと 読んでくださることを願って ここに返答させていただきます テレビで見て すごく変なことがあった がれきを見て涙をいっぱい流している人たちが 被災者の人たちにはちっとも気持ちが感じられず それどころか 勝手に被災者の人たちを憶測で いつまでも犠牲者のつもりなの とか言っていて 訳がわからなくなり 邦子さんの意見を聞きたい とのメッセージが 留守電に入っていました はっきり言って 難しい問題です ちょっと厳しいことを言えば 人は 泣くことを気持ちがいいと思える がれきを見て泣く自分に 陶酔している可能性もあると思います なのに人にはそういう 優しい 気持ちになれないのは がれきは何も言わないので こちらの感情をただ 見せられるけど 人 被災者 には個々 感情や思いがあり それに応えることができないので こんなはずじゃなかった 風な思いなのかもしれません 好意的に見て ゆーさん そういうのって変だよ って思ってくださって ありがとうございます なんか そういうことにもう 疲れています 被災者の大変さは 津波に壊された家の画像だけを見て わかってもらえるわけがない ただひとつだけ言えることは そういう人たちがいるからこそ ユーさんのように考えてくれる方がおられる つまり 反面教師と思えばいいのでは 返信 阿部邦子 より 2012年7月16日 12 30 AM 優しい 志 の 叡智な 東先生 いつもほほ笑ませてくださって心からありがとうございます えっち 先生 ならまだいいよね な がついたらちょっとね と 呟きながら にやにやしました がれき お読みくださっている証拠をありがとうございました 実は昨日も今日も 色々と走り回らければならない所用が 4件ありまして 愛知ボラセンがおいでにならない日はちょっとはのんびり とはいかず 愛知ボラセンの場合は確かに忙しいけど ある意味 秩序のある忙しさで でも他の日は無秩序なる雑多な多忙渋滞で 今 ちょっと疲れたなあと 実はお風呂に入るのもおっくうな気分でした そしてがれき は実はこれからが少々 今までとは違った大変さがありまして 今まで 書きにくいなあ どう表現すればいいのかなあと思い続けていたことに メスを入れる決意をしました 本日 7月17日の原稿も その一つです どう感じてくださったか教えていただければ これからの そういったことをどう書こうか の励みになるかも あ かえって自信喪失 お手柔らかに 自分で言うのもナンですが 私の作品は 暗いテーマなのに どこか明るい 救いがある と言われ続けてきました それを最も知ってくれているからこそ 石巻かほく新聞社では この連載を私に と任命してくれたと 自負しています ただ反面 読みやすい を最も重視しているがゆえに 鼻歌交じりにと言うか そう感じる方もおられるかなあと そう思うんならあなたが書いてみてよ ではあります 先日 あまりにも面白い 噂が耳に入りまして 阿部邦子さんって 作家ってことだけど 自称だよね だって書いたの 読んだことないもん だそうで まあ 例えば 自費出版だろうと 原稿を出版社に持ち込んで だろうと 同人誌に発表 だろうと 公募の何かに佳作入選だろうと 一冊でも世に作品を発表すれば 作家と名乗られてもいいんじゃない とは思っています だから私はプライドは高いですけど そういう噂には笑えます いろんな人がいるなあ と まあ一応は 世に発表している作品は 少なくとも 20作はありますので 余裕で笑えるってことかも知れませんし 自費出版でも 原稿をこちらから持ち込んだのでもなく 第一に 今の今 連載中なのですから そういうことを石巻圏内の方が仰るということは 私って新聞も読んでないの ということを 自ら暴露なさっておられるだけ ってことですしね 本当にいろんな人がおられる でもだからこそ 小説も売れている ってことでしょうけど みんな感じ方が同じだったら 小説もドラマも 必要なくなりますものね 今はとにかく 前のパソコンとともに 海に消えた 書きかけの作品を なんとか蘇らせようとし始めています どの子も我が子 この世に産んであげたいなあと 一冊でも作品を売ってこそ作家 ってなご意見もありますけど 私はそういうカツカツしたところはなく どうしても書きたいテーマが心に浮かぶと嬉しくて それをどう料理しようかと その過程が一番楽しい そして 面白かった と言ってくださる方が 一人でもいてくれればそれでいい ハングリー精神があったらもしかして 流行作家になっていたかもしれない ってなチャンスはありましたけど 私は実は ほわほわ と行きたい ぷわぷわ と生きたいタイプだったもんで 多くの方の 応援してくださっている 期待を裏切り続けてきたのかもしれない でもまあ 作家には定年はありませんので いつか 書きたいことが噴出してくれるかも 英知先生 すみません このところ心に鬱積していたことを 整理させていただきました 人間 一人でも 理解してくれている と思える人がいてくれると それだけで生きていける ってことなのかもしれません この場を借りて 応援してくださっている皆さん あなた方のおかげで私 なんとか歩き続けていられます ありがとうございます 22日はH先生にお会いできるのですね また 四人の子たちがご一緒なのですね この時代 被災地に我が子を送り出そうとしてくれる親御さんたちに 敬意 です そのことをどうか皆さまにお伝えください このページ印刷してお渡しいただいても本当に構いません けど 東先生への信頼がいかに大きいか ということでもあるのでしょうね そういう信頼関係って 口先だけ 小手先だけ では生まれませんよね すごいです ところで この文中に 東優志先生への呼び方を かなり色々書きましたけど 読んでくださった方 こんがらかりませんように 返信 阿部邦子 より 2012年7月14日 1 48 PM 本日は7月14日 愛知ボラセンがお休みの日です けど いろいろと所用が 今一休み ボランティアさんが けっこう 連載にコメントしました と言ってくださって でもコメントがないんで だったのですが もしかして ツイッターとか フェイスブックとかに そちらのほうはしていませんので お読みすることはできません やればいいでしょ かもしれないけど ちょっと小雨ですけど 今から三つ 所用を片付け 時間があって 何より気が向いたら 洗った洗濯物 ただ重ねておいていたので 整理する かな 少しずつ ができないタイプなんです 一気に タイプ ですから狭い仮設 足の踏み場もない状態と もう 舐めるようにきれい状態とが 交互です 一度出したものは すぐに元の場所に置けばいいんですけど 弁解じゃなく事情説明をさせていただくと 原稿関係をやり終えて ハサミやホチキスなどなど 片づけようってところに来客 それはひとまず脇に置いて 接待して その時また 資料とかを引っ張り出す必要があったりで お見送り ってところに電話 それが済んだところにまた来客で しかも どっかに行かなきゃないってことになって 帰ってくれば即刻夕食の準備 食べて片づけて 気が向いて原稿を見直したりして でお片付けはしょうがない明日 って日が続くんで ふと気がつくと 予定なしでの来客には あ ごめん 今座る場所作るね 被災前は 書斎もあったし プライベートのお部屋もあったし 私的な居間もあったし 突然のお客にも大丈夫な いつもきれいな応接間もあったし でも基本きれい好きな人はどんな環境になろうときちんとしている けど 私は忙しすぎるんで お部屋掃除はつい後回しになっちゃうんだもん なんて書いている暇があったら 所用をさっさと済ませちゃって 洗濯物整理しちゃえばいいんだよね はぁい 返信 東 優志 より 2012年7月15日 11 32 PM ご無沙汰しております Hこと東です えっち と言わないでくださいね えいち と言ってくださいよ 英知 なんか賢そうだな なんて思ってくれる人がいるかもしれませんから ちゃんと がれきに咲いた花 読んでますよ って証拠にこちらに書き込みさせていただきます 今週は愛ボラはお休みだったんですね 邦子さんにとってはたまにはこういう土曜日も必要ではないでしょうか いつも朝から夕方までお付き合いいただいているので とはいっても いよいよクライマックスの がれきに咲いた花 の原稿執筆などでお忙しそうなので のんびり ってわけにはいかないかもしれませんね 部屋の片付けのことを書かれてましたけど 邦子さんの部屋にお邪魔すると 随所に文筆活動の様子が見て取れて個人的には やっぱこうだよな こうじゃなくちゃな って 勝手に納得してます 仮設には収納スペースがないというのもあるでしょうけど 思考する人 ものを書く人 って 思考の材料や必要な資料がすぐ手の届くところにないと困りますよね かく言う東も仕事机の上はかなりの状態になっております で たまに豪快に片付けたりすると 後で あれ あの書類どこへしまったっけ と困ったことになったりします 来週 東はひと月ぶりにそちらへ帰ります 初めて単独で行けて のびのびやれる と思っていたら 中学生が4人 行きたい といってついてくることになりました まあ それはそれでうれしいことなんですけどね とにかく週末が待ち遠しいです また いろいろとお話を聞かせてくださいね 返信 阿部邦子 より 2012年7月11日 6 28 PM 由妃さま 8日のコメントに 7月 平日に休みが取れたので 行ってみます とあって 私たちは今日は 今朝がたまでかけて洗った 家にある 全ての毛布と 毛のシーツを 石巻市街地のコインランドリーに持って行って 乾燥 そして 羊毛かけ布団やこたつ関連のものもすべて洗って 乾燥させて 6月に入ってから ずうっと しなきゃ って思っていたことを 昼過ぎから数時間かけて完了させて 息も絶え絶えで戻って来たら え スカイツリー レモン風味 のお菓子と S4 のみんなとの写真 近頃で こんながっかりしたことはそうはない ってぐらい がっかりでした そうかあ 今日 いらしてくれたのかあ 恭一氏が慌てて電話したら 今運転中なんです とのこと 三陸道 かなあ 本当に残念ですけど 一回来たからもう来なくていい じゃなくて 一回来たから 今度は安心して来られる ってことで きっときっと また絶対に お会いしましょう できれば 狭いけど拙宅に お泊りで お一人様なら なんとかできます S4 は 本当に仲良しのようで みなさん出会えたことで 世界が広がったようですね 被災は辛いけど なんかでもちょっぴり そういう話を聞くと 救われます 連載 出版 らしいんで できればS4企画で 出版記念パーティ こちらでよろしくお願いします お金と時間かけさせちゃうけど 被災前なら 大船に乗ったつもりで 任せといて って言えたんだけど 今はごめん 言えなくなっちゃった 阿部邦子でした ああ けど 決してかわいそう なんて自分のこと 思ってませんよ みじめな思いはしていませんので それはご安心ください みなさんに どうかくれぐれもよろしく お伝えください 今日は残念だったけど 楽しみが伸びた って思えば ね 気をつけてお帰り下さい ありがとう 返信 阿部邦子 より 2012年7月11日 12 33 AM 7月7日七夕の日 かなり大変な一日でした イベント大好きな はずの 久田ボスでさえ 七夕ですねえ 笹を飾って 短冊などいかが とも言えないほどに なにしろ 暴風雨警報が発令されたのですから こころ配り班は少々腰が引けていました そして恭一班 も無理 川の作業を止めることにし 鹿対策の草とりも 無理 何人かの勇気とやる気満々の方々が 合羽を持って来たからやりたい と言ってくれましたが 雨の中の草原は ヒル と ヘビ が怖いので こういうアクシデントの時こそ 慌てず騒がず暗くならず が 何かあった時に自分を救うための訓練になります と 私は胸を張ってみなさんに申し上げました 結局 掃除は時折してたけど 大掛かりな大掃除はしてなかった 仮設の談話室のお掃除を頼み あとは後藤さんの車で 近隣の集落を見ていただきました さて 私はと言うと 朝のお出迎え式で挨拶をし こころ配り班の方々へ 注意点やアドバイスをして 一番遠いところを回るA班四人を車で送り 憩いの家に戻って久田ボスを拾って 仮設団地の我が家へ 石巻かほく新聞の総局長を迎えて 久田ボスと語り合ってもらい そのあとボスは 鮎川ののれん街に 高台移転委員会の会長である沼倉さんに会いに行き 私は総局長と 原稿の細かな直しや どんな写真を使うかをじっくりと話し合い そして12時半に総局長と 会議会場である憩いの家へ そこで 久しぶりにあった地元の人や 会議で重要な役となる方々と挨拶をし 会長の沼倉さんや区長に総局長を引き合わせ あわただしくお食事 そして久田ボスによる 地域民へのプロジェクト説明の最中 石巻市議会議員で 議長の阿部氏が 連絡もらって 今日はあけてたんだけど 葬儀委員長になっちゃって 遅くなってごめん とご登場 任命を受けた 広報役 なんとか滑り出しは良好です 住民たちが心なしか 眼に輝きを浮かべて帰ってから 委員たちが残っての話し合い 2時半になって 私の話を聞きたいと待ってくれているボランティアさんの所へ 1時間ちょっと 講演となんら変わりない 私としては全力投球の話を済ませ また 会議に戻りました で 5時まで 沼倉さんのお友達であり 大切な委員の黒田さん 上原さんと名残を惜しんで 私は急きょ 自宅へ 日中 新聞社の総局長と話し合った箇所について もう一度原稿を見直し そしてまた憩いの家に戻って 出発式の挨拶をして ボランティアバスをお見送り 家に戻って夕食の用意をして 食べて 片づけて お風呂を洗って 話し合いの時 泣いてまでくれた人たちと 出発式の後 一緒に写真を撮ったり 握手したり ハグしたり まあ そういう一日でした 愛ボラがおいでにならない日も まあ いろいろあります きっと 私は みなさんに生かされているのでしょうね けど 神様 せめて 三泊 温泉ぐらいご褒美あってもいいけどなあ あは 返信 濱島由妃 より 2012年7月8日 10 56 PM S4のゆきです 邦子さん 恭一さんお元気でしょうか 4月から就職し 看護師として頑張っております つらい時 この愛知ボラセンから邦子さんの記事読んで頑張っております 十八浜に戻りたいんですが仕事が休めなくてほんとごめんなさい ゆきは地元でこの震災を風化させないよう自分が見てきたもの感じたことを伝えています その中でみんなが驚くのは写真です 実際 言葉だけはわからないことが写真ではもう少し詳しく伝えることができていると思います でも やっぱり いってみないと分からないことがたくさんと思います 今 私ができること 考えてみたら 今の宮城を自分の目でしっかりとみていくことだと思いました 今日はハカセと会い 十八浜のこと 宮城のこと これからの日本について話しました ボランティアで知り合った仲間は今でも仲良く早くみんなが震災前の暮らしに戻れる日を待っています この7月に平日に休みが取れたので仙台までバスでいき レンタカーで宮城を一日かけてみたいと思います 十八浜にも行きたいと思っています お時間があえばまた会って語りたいです そのときはまたよろしくお願いします 返信 阿部邦子 より 2012年7月8日 11 51 PM 由妃さま お久しぶりです 実はこの章になってから 書くのが辛いというか 難しくなっていて 疲れるとすぐに声が出なくなったり 胃が痛くなったりで 私はそんな弱いはずじゃない と 悔しく思っていました うぬぼれて言わせてもらえば けっこういろんなことを 平気そうにやっちゃうんで 私ならそれぐらいやって当たり前 みたいな感じで 本当は ほめられるのが大好きなのに というより ああよくやった って言っていただければ 私 これでいいんだよね と 大きな励みになるのに 愛ボラが来てくださって 丸一年 S4からじゃないかな 本当に言いたいことを言えるようになれたのは だってねえ 同じ部屋に休んで 同じもの食べて 食後 じっくり話せるようになれたのは その時から ですものね その前の方々のことも もちろん心に残ってますけど ボランティアさん と 被災者 でした お互いにまだ どこまで踏み込んでいいかわからず 手探り状態 でもその方々のおかげで S 実行を 久田ボスは 決意したのでした ハカセ あのね 身体に良い煙草 を発明してくれないかなあ 吸えば吸うほど肺がきれいに元気になって 煙には 安らぎの効果がある 素敵な香りのタバコ 特許をとれば 世界一のお金持ちになれるよ きっと 今年の 3 11 大イベントの会場で ハカセに出会って 私 似てるけど でも でした 嘘じゃなく 雰囲気と言うのかなあ オーラが出ていたというのかなあ 瞬時に ハカセ と なぜか思えませんでした ちょっと話してその声を聞いて やっぱりそうだ と思えたのですが 弁解じゃなく 忘れていたわけではありません 実はボラセン そういう方が多いです 面影は確かにあるんだけど でも いや まさか って人が きっと いろんな体験をして 色々いっぱい考えて 成長してくれてるんですね 私も負けちゃいられないなあ いつまでも 被災者なんかでいられないなあ でも 連載を書いている間は 被災者であることを忘れてはいけない 書きあげても 忘れることはできないけど 連載終了を ひと段落と 一区切りと しなければならない そのうえで 講演などをする場合は もっと大きな視点で 語り継いでいこうと 思えました 看護師さんになられた 由妃にお会いしても きっと一回り大きくなられていて 一瞬 ポカンとするかもです その ポカンとした顔を見に いらしてくださる日を お待ちいたしております 返信 渡辺友紀 より 2012年7月7日 11 37 AM お久しぶりです 渡辺友紀です 連載 いよいよ仮設住宅のお話になったんですね 私のような被災していないものにはわからない気持ち 今だからこそ伝え続けてほしいです 邦子さんは いつも被災者代表とは思っていないとおっしゃっています でも 語り続けてほしいです 続けることは並大抵のことではありません でも まだまだ終わっていないですよね 邦子さんが 語り続けてくださるから 私もがんばろうと思えます 返信 阿部邦子 より 2012年7月8日 11 58 PM 友紀さま こんばんわ お元気でしたか 講演などにいらしてくださって 時たまお顔を見せていただいていますが ちょっとお疲れのようで 気になっていました 時折思います 生きて行く上で大変なのは 何も 被災者だけじゃないんだよなあ と でもやっぱり 被災者はその大変な中でも究極だと思うので 私たちの体験によって 一人でも多くの人が何かを得てほしい 得てくれてこそ 私たちの体験は無駄ではなかったと思える いつも 心にかけてくださって ありがとうございます とにかく何があろうと 生きている限りは輝いて行きましょう エイ エイ オー 返信 阿部邦子 より 2012年7月2日 12 54 AM お晩です 連載 いよいよ 仮設団地の章に入りました 実はこれからが 一番書きにくい でも書かなければならない そういう内容になります 過去 かなりの執筆をしてきましたが その中で一番 難しい文になります 百人いれば百通りの感じ方 思惑がありますから こちらの伝えたいことが そのまま伝わるかどうか と考えると 足がすくむ思いです なにしろとてもデリケートな内容ですので ただ 私は 私は被災者の代表よ という姿勢で書いたことは一度もありません 被災者だけど 否 被災者だからこそ被災者のことが痛いほどわかるからこそ 被災者ってこうなんだからね という 決めつけはできないと わかっているから それを たまたま被災地にいたからということで 被災者ってね と 決めつけた文章を投稿したり 困ったことに講演でそう言い切ったりする人が多くなっていると 情報が入りました だったら 被災者しか 何も言っちゃいけないってこと とどうかまた 決めつけないでください お話しをなさるのはご自由です ですがどうか と私は思った 感じた と言う言い方にしていただきたい とにかくここまで来たからには 数年後後悔しないように きっちりと 書き続けます 応援を よろしくお願いします 返信 秋田由美 より 2012年6月25日 12 25 PM 先日母から 邦子さんの連載終わったの と突っ込まれました 母の日のプレゼントでプリントアウトした連載を渡した後 そう言えば続きを送っていないな と反省 笑 早速ファクスしました 母も楽しみにしているようです 自分の知らない世界を知ることができること そして連載に登場する方々と何となく逢ったことがあるような気でとても身近なこととして読むことができることがとても嬉しいそうです 皮肉にも大震災が起きたことでこういうつながりができ 何とも言えない気持ちです が 人は人で成長するんだろうな と最近強く感じるのです だから 復興も人の力でこそ成せるのではないかと 十八成浜でのボランティアが始まって一年 連載にでてくる多くの方々のことを改めて知り この一年を振り返り そう強く思うのです 机上の勉強だけではなく 本当の意味で成長できるのは人とのつながりかな と 邦子さんの連載からは本当に多くの 人の匂い を感じます 何か変な言い方ですが 笑 でも 香り じゃなくて 匂い なんです 先日の吉良 浜名湖 すごく近いところにいらっしゃるのにお邪魔できなくて残念でした 中日新聞では拝見しましたよ 体調大丈夫ですか 返信 阿部邦子 より 2012年6月25日 11 12 PM 由美さん お久しぶりです この間の連載では 母上である由美さんに断りもなく 華ちゃんと一緒の写真を掲載しちゃって 失礼しました 本当に沢山の出会いがあり 皆さんのお名前をお一人お一人挙げることができないのが 本当に残念です 取り上げなかった方々に思いがないのでは絶対になく きっと一生忘れないだろうなあ と思える方々 大震災は 私から何もかも奪った そう思い続けた日が長く 心 折れそうになりましたが けど ある意味 失った以上のものを 得ることができたのだと 一年以上たって ようやくちょっぴり 思えるようになってきています それこそが 心の復興なのでしょうね 私は 被災者だけが辛いのではないと思っています 生きている限り 誰もが重荷を背負っている ただ 感じ方一つで Aさんには死ぬほどの苦しみと感じられることが Bさんには案外そうでもない ということもあります やはり 気持ちの持ちようなのでしょうね 華ちゃんにはしなやかな心のまま 大きくなって 大りんの華を咲かせてほしいです 返信 いわさまみ より 2012年6月20日 3 22 AM 今回も連載を読ませて頂いて 改めて 震災きっかけではあるけれど 十八成のみなさんや愛ボラのみなさん もちろん くにこさんや恭一さん に出会っていなかったら今 私はどんな気持ちで今 暮らしているのだろうか 東京での生活 障害を持って生きる 等々 今のように前向きに生活できていただろうか とふと思ってしまいました 人との出会いや繋がりが気持ちを支えてくれてます ありがとうございます 感謝 返信 阿部邦子 より 2012年6月20日 9 51 AM まみさま 昨夜は台風6号 すごい雨風でしたけど 愛知は大丈夫だったでしょうか そして東京は 私はいよいよ 連載最終章の 仮設住宅にて の執筆に入り 今朝がたの4時まで 異次元空間 に入り込んでいました 眠いんですけど 同棟に住む 幼い三姉妹が 邦子さん 起きて と やってきたので しょうがない 起きたのでして 豪雨も豪風も 殆ど気にもせずにいました 被災後 そう 沢山の新たな出会いがあって だから私は生かされている と感じられます けど 出会いがあっても 発信する そして受信するアンテナが錆びていたら その出会いに気付くこともなく もしくは心通わせあえず ただ すれ違ってしまうことになると思います この地球上で 縁あって出会えたその奇跡を これからも大事にしたいと思います 人と人との付き合いは どちらかから一方的に ということはあり得ません 必ずお互い 何かを与えあっていると思います お互いに 出会えたことによって 2年後 3年後 きっと今より 大きくなっていますように 返信 武田清美 より 2012年6月2日 1 37 AM 邦子さん こんばんわ お返事ありがとうございました あの シチューに入った大きな人参 の話はわたしのお気に入りになりました 邦子さんのお話をお聞きする時は しっかり聞いておきたい という気持ちが強く 緊張もします そんなところに 爆笑嫁 姑話 は肩の力をぬくことができ リラックスできました 邦子さんに親近感もわいて 今まで以上に 嬉しかったです 次の脱線話はなんんだろう 楽しみにしています 返信 武田清美 より 2012年6月1日 1 32 AM 邦子さん こんばんわ 連載 何度も何度も繰り返し読ませていただいています 先週も十八成に帰ることができ とっても楽しかったです お世話になりました 命をつなぐ語り合い では なのに 0 嫁姑話まで出て 可笑しいやら 感心するやら 楽しく生きるコツやヒントが盛りだくさん ほんと 参考になります お友達のお話をされた時には 思わず涙が 実はガンで亡くなった親友のことを思い出していました 当時 週末には必ず病室を訪ねていたのですが 突然 もう来ないで欲しい と連絡があったんです これでひょっとして もう二度と会えないかもしれないなあと とっても寂しい気持ちになりました 会いたいと言っているからと 連絡をもらったのがちょうど1か月後でした 弱弱しく でもしっかりと ありがとう 楽しかった って言ってくれたんです かれこれ17年も前のことですが 久しぶりに当時の思い出が甦ってきました 涙は流れましたけど 気分はすっきりでした せっかくある命 生き抜かないと 明るく 楽しく まじめに生きて行こう どこかで聞いたことのあるフレーズですが 返信 阿部邦子 より 2012年6月1日 1 59 AM 清美さま コメントありがとう お友達が もう来ないでほしい とおっしゃった気持ち 本当に分かります 清美さんのことが好きだから 弱弱しくなっていく自分の姿を見せたくなかったんでしょうね 大事な人には 輝いていたころの自分のことだけど 心に残してほしい けど私の場合は 三度がんやって そのたびに見舞いに来た人がみんな かえって元気をもらえた 邦のこと見てると がんってそんな怖いもんじゃないって思えた っていうんですよねえ はあ 被災者になっても なんかみんな 私が被災者だってこと 何もかも無くした喪失感や 目の前を津波が横切った恐怖など 私には ふん そんなことぐらいでは 負けやしないよ であるという そう勝手に思われているようで もっとなよなよとしていたら 実際はしたたかでも かばってもらえるんだろうに ところであの日 なんで 嫁 姑 の話になっちゃったんだか 自分でも実はわかっていません 汗 ごめんなさい あっけにとられて あきれた けど告白すると 話してて 楽しかった その心境 自分でもわからないです 流れとしては 避難所にいるときの人間関係がうまくいくように ってなことだったと思うんですけど とにかく楽しむしかないと またお帰りになられましたら 是非 お声をかケてくださいね 今度はどんな脱線話になるか こうご期待ということで 本当にありがとうございました 返信 阿部邦子 より 2012年5月31日 12 41 AM こんばんわ このページ 今まではコメントを下さった方へのお返事 ということで書いていたのですが このごろ お手紙やメールでの質問や相談が多くなり すみません お問い合わせの多いものについては 個々 お返事ができないときも 多々 ありますので 被災者の中にはまだ 私が勝手につけた名称 ですけど 被災者症候群 で なぜかわかりませんが お手紙の返事 何かをしていただいたことへの礼状 そしてお電話さえできない方が多くおられます かく申す私もその一人で まあ パソコンは打てるのですが 便せんやはがきを前にすると 強い緊張感が出て 一字も書けなくなります このことについては 正常生活をなさっておられる方には 理解できないだろうし 書くのは常識でしょう でしょうが ごめんなさい としか言いようがありません ああ嬉しい という気持ちは人一倍ありますのに 私自信が一番悔しい思いをしていると わかっていただきたいです チョコ おいしかったよ 虹色のマグカップ 大切に使わせていただいてるね 私に似合うと思ってと ピンクのマフラー 嬉しかったよ 手作りジャム 朝のパン食が楽しくなっています 夜はまだ寒いので 温かなロングスカート 今夜も使ってますよ 邦子さんはがれきに咲いた花だから と 蝶の髪飾り 嬉し恥ずかしでした 書ききれなくてごめんなさい 他の色々 全てが心に残っています この場を借りて 心から ありがとう 閑話休題 今回の本題に入ります 近ごろ相次いでの問い合わせに 恭一さんと邦子さんが 土曜日に 十八成を留守にする日があると聞いたのですが 本当ですか いつですか というものがあり う ん 私が留守の時こそ 十八成は任せて と言っていただけたら嬉しいなあ なんですけど 十八成に帰って お二人がいなければ 裏切られたような気がするかもしれません 最初からいないと思って行くのと 行ってみたらいなかったというのでは こちらの気持ちがまるで違うと思います と言われてみれば そうかも でしたので 6月15日 16日はおりません 浜名湖で ディナー講演 をやります 主催者はリゾートトラストさんで チケット売上金の一部を 愛知ボラセンのワンコインに寄付とのこと わあ すごいと思わない 私 愛知ボラセンにすごい協力ができるんだ できれば 中日新聞さんによろしくですね でも ディナーで講演 歌を歌っちゃダメかな それと吉良では 千人の聴衆 どちらも久田ボスがついていてくれます でなきゃ 無事 会場に行けそうもないです それにワンコインに協力 だもんね それと 9月15日は仙台で講演です これは因縁がございまして 平成22年の9月に講演をするはずでした でも 民宿と釣り船の仕事 船頭は恭一氏 顧客から 絶大な信頼と人気がありました 仮設住宅に移っても 船を出してほしいなあと 沢山の顧客が訪ねてくれています の予約が入っていて 実施日を変更して欲しいと言いまして 平成23年の5月に ということになったのです で 震災 もう この話は流れたと思っていました そうしたら 2年たってのその日に という依頼がありました 引き受けないわけにはいきませんよね ある意味での 復興の一つと思えました 実は 愛知ボラセンがいらして下さるようになってから 土曜日は とにかく愛知ボラセンのみ と思い 他のボランティアが土曜日にと言ってくれても その日はダメ と言い続け そして 講演などの打診があっても 土曜日は行けないと言い続けてきました でも 社会と関わっている限り そうはいかないときも ちらちらと出てきまして 10月6日もすみません 留守になります 石巻乳がん患者の会で 平成22年末に あゆみ と言う冊子を作りました まあ 患者の会は体験談をまとめ あとは 顧問である主治医が尽力してくださって完成したのですが とても評判がよく 第二弾を となったのです 主治医は私の現状をよく理解して下さっており 特別編集員として また プロの力を貸してほしい ということで 前回は一カ月に一度だった編集会議を 完成まで2度だけやる と言ってくださって その一回目の会議がその日なので 出ないわけにはいかなくなりました 恭一氏も留守なのは 6月だけで 9月と10月は なんとか私だけで行こうと思っています いてくれなきゃ困る と言われても ごめんなさいです まあ いてもいなくても 別に と言われたらちょっと 寂しいかな 私が そういうことに行こうと思えたのは 私の復興の第一歩 そうご理解いただけたら 嬉しいです 返信 渡辺友紀 より 2012年5月31日 10 13 PM こんなところで聞いてしまって申し訳ないのかもしれません 京都の渡辺です 邦子さんたち 吉良町にくるんでしょうか 私の実家です うれしい限りなんですが 私は 参加できるのかしら 詳しいことは どこかで聞けるのでしょうか 私が 吉良町を案内したいくらいです 返信 阿部邦子 より 2012年5月31日 10 43 PM 渡辺友紀さま お久しぶりです 吉良には初めてなんで ゆっくり観光を兼ねたいのですが 牡鹿はとにかく 交通の便が悪い 仙台にいた頃なら 東京は日帰りできましたが 牡鹿からだと 下手すると東京一泊 仙台一泊になりますから 友紀さんと色々歩けたら楽しいだろうなあ 吉良の近くの温泉に一泊のはずでしたが その前日は浜名湖で講演で そこに泊まることになったので 6月16日の早朝に 浜名湖出発です きゃああ 売れっ子女優みたい 吉良では学校行事のようです 700人弱の生徒と 400人強の父兄参加 だそうです ところで 吉良では 吉良上野介は 悪くない という意見が圧倒的と聞きましたけど 私は う ん 人からものを教わるのに お礼の一つもやらないって 世間知らずだし いきなり刃傷沙汰って 短気で軽薄だったのでは と思っているんですけどね まあ もっと深い事情があってのこと なのでしょうが 物事って 立場が変わると まるっきり 判断も何もかもが違ってきますよね 被災者と 被災地以外の人と ボランティアと やっぱり視野は いろいろなんだろうな 返信 渡辺友紀 より 2012年5月31日 11 42 PM ありがとうございます 予定を確かめたところ 自分の仕事が入っていたのでなんにしても無理ですね あきらめもつきます が でもでもでも 残念ですね 吉良の人は 吉良上野介さんを誇りに思っています 民のことを考えてくれたお殿様として大切にしています でも 確かに吉良さんも悪いところはあったのだと思います でも 吉良の人は上野介さんびいきです 私 京都の福知山にいたこともあるのですが 福知山では明智光秀が同じように 大切にされていました 明智光秀も 同じように民のことを考えていたとのことです 歴史は強者のものですし 実際のことはわからないですが でも そうやって自分たちのお殿様を大切にする気持ちはいいなあと思っています 私も 吉良さんびいきなので 私たち 吉良の人間くらい 吉良上野介さんの味方でいないと 理性じゃないんでしょうね きっと 情ですね また 邦子さんにお会いするのがとても楽しみで待ち遠しいです ゆっくりできないかもしれませんが どうぞ 浜名湖 吉良を満喫してください きれいな海 とまではいかないかもしれませんが のんびりしたところです 邦子さんたちが来てくださること 楽しみにしていると思います 返信 阿部邦子 より 2012年6月1日 12 38 AM 真夜中に こうやってコメントのやり取りをしていると 思わず顔がほころびます やはり 日中 多くの人と接するのは 緊張があるのでしょうね 知らずに体に力が入っているのか 夜になるとかなり肩が凝っています ですからなおのこと こういう会話ができる人のことは 本当に大切な存在と思えます なんて言うんだろう そよそよと風が吹いている 野の花がいっぱいの野原 そばに小川が流れていて 湖とかもあって そこで寝そべって ゆったりと流れて行く雲を見ながら 気が向くとおしゃべりして 時には本を読んで そして ふうっと居眠りをして そんな感じを与えていただいています 女には二種類がある と言った文豪はどなたでしたか 男を癒す女と 男を奮い立たせる女と 男は癒してくれる女を妻にし 奮い立たせてくれる女を愛人とするのが本望だと まあ 勝手なことを言いますよね けど 友人関係でもそうかもしれないなと思います 癒しの人 活性をくれる人 どちらも大事 というか その時々によって どちらにもなれるのが人間ですよね 相手のその良さ 魅力を引き出すのが 人の器量だと思います つまり 魅力ある友人を持っている人は その人にも魅力があるってことですよね ところで このページ 返信のたびに 細くなっていくんですよね なんで 返事ってわかるように 最後には 字数一字だけの 行数がやたら長い ってなるのかな 友紀さん では おやすみなさい いい夢を 私はもうひと踏ん張り エイエイ オー 棚橋奈美 より 2012年5月25日 8 43 PM 3月にくぐなりにおじゃまさせていただきました チーム恭一の作業を通し がれきが決してごみではなく 現地の方々の大切なものであることを痛感しました がれきがなくなることで前へ進めるという考え方がある一方で大切な思い出の品をなくしてしまうという考え方はボランティアセンターの活動を通して初めて知ることができました これからも邦子さんの記事を読みながらくぐなりのみなさんの思いを受け止め 私にできることを考えていきたいと思います 連載 楽しみにしています 返信 阿部邦子 より 2012年5月25日 10 55 PM 奈美さま コメントをありがとうございます がれきは決してごみではない そのことをわかってくださって 嬉しいです 被災地においでにならなければ 真にはわかっていただけないことだと思います 今後どうなるのか 今 被災者の心は 乱れています 一言でいえば まだまだ 正常心 ではない けどそれを それはそうだと思うよ 焦らないでいいと思うよ できるだけの応援はさせてもらうから まだまだ甘えてくれたら嬉しい と言ってくださる方もいれば もう一年以上も過ぎたのに まだ そんな グダグダしてるの いいかげん シャキッとしたら と仰る方もおいでになる そうですよね みんな 感性も人生観も価値観も そして想像力のあるなしも いろいろですから どれがいいとか悪いとか それは私には言えません 時には そう ね もう一年以上過ぎたんだから 歩きださなきゃね そう目覚める人もいてくれる かもしれませんし 私はとにかくもう 被災者であることに疲れています できれば熊のように冬眠をして 目覚めたら 被災前の家と似た家が建っていて さあ 新しいスタートだよ ってならないかなあ そう思ってしまいます 仮設住宅に移って 九か月 避難所にいるときは 好きな時にパソコンに向かうなんて 夢のまた夢 でした それを思うと今は天国です たとえ いくら整理しようとしても 収納するところがないんで お客さんにはすべて見られるとか まあ 色々不都合があろうとも また十八成にお帰りになれたら 拙宅でゆっくり お茶っ子飲みしましょうね 返信 阿部邦子 より 2012年5月17日 6 46 PM こんばんわ 5月20日に 昨年5月30日 ライフラインの悪化も大きな原因となって亡くなった姑様の 一周忌 田舎ではそういう行事 はけっこう大がかりで 家督の嫁は大変なんです かく言う私が 家督の嫁 前もっての準備はできないんで 明日から孤軍奮闘です こういうときって 殿方はあまり 役に立ちませんから 19日は せめて午前中に一段落させたいです だって 愛ボラがいらしてくれる日ですもの 普段は何をしていますか という質問がこの頃増えています けっこう忙しくしています 談話室使用の責任者として ボランティアや行政からの依頼を聞き 使用日が重ならないようにします トイレットペーパーなど備品の残を時折確認し 掃除もし 使用者がいた場合には 使用申請書 を提出して戴きます 使いたい という申し込みはけっこう多く 時には仮設団地住民から 法事に使いたい との申し出も ここ数日で言えば 15日は 全国の看護師さんや医療関係者の集まり キャンナスさん 住民の健康管理や合唱 軽い運動など 毎月一回 来てくれます そして今日は 毎週日曜日に 仮設団地に来てくれる 移動八百屋さんの大森吉人さんからのご紹介で 神奈川から 声楽家の 柚季 ゆずき 純 さんが 楽器持参で 来て下さいました 昨年5月17日から災害ボランティアをはじめ 今日は記念すべき一周年でした 石巻地区には作年7月より 14回目となるそうです みんなが歌えそうな唱歌も楽しかったけど さすがに声楽家 アベ マリア には ほれぼれしました 実は今日は他に予定があったのですが 今日やりたい とのお知らせを頂いたのがなんと数日前で 回覧板など回して 精いっぱい声かけをしたのですが まあ 人数にはこだわらずになさってくれるとしても 一人でも多くの人に ってことで なんとか予定調整をして 恭一氏と私も参加しました 最初五人だけでしたが もう一度恭一氏が回ってくれて 結局は 15人の方が来てくれて 盛況でした 他にもこの地に来てくれるボランティアの窓口や 相談係などしています 他に 執筆 この連載もですけど 震災でパソコンが流失 出版 との声もあった 書きかけの作品が全て 消え失せましたので 今 新たに 5作品を並行で書いています 正直 かなり大変で あまりにのめりこむと 突然に具合が悪くなる時も 多々あります そして 石巻乳がん患者の会で 患者のための 冊子 第二弾を作成 ということになり 第一弾の時も関わったということと 会の顧問 私の主治医が 邦子さんが関わってくれなきゃ完成しないから とまあ くすぐりが上手で そちらの編集や執筆もすることになりました そんな日々を送っております 丸一日何もない日は 被災後皆無です まあ これが私の天命かも 私にはなにができるだろう これからもその思いを基軸に 歩き続けます 返信 いわさまみ より 2012年5月15日 4 41 AM Sには参加できませんでしたが Sの方々と0泊でご一緒に作業した暑い夏を思い出します 振り返ってみて時間の経過が早いのか 遅いのか わからない変な感覚です くにこさんの文章を読み また改めて日々の生活で気をつけたい事ややりたい事 色々といい刺激を受けます くにこさんの言葉の力ですね ありがとうございます また 十八成へ帰ります 返信 阿部邦子 より 2012年5月15日 10 56 PM まみさま こんばんわ 個人的には感想 山ほど寄せられるのですが 久しぶりのコメント やっぱいとても嬉しいです いつもありがとうございます 今回の原稿 ずうっと読んでくださっている方にはお気づきかもしれませんが いつもよりずうっと写真が小さいです 実は11日の金曜日にゲラを受け取り 新聞掲載の形になると 原稿の時には う ん ぐらいの違和感がとても増幅されて感じられ 土曜日の早朝に 新聞社に 直したい と 無理を承知で申し出たのでした そうしたら一本の電話 総局長が 直しましょう と 決断してくださったのです もう紙面は出来上がっています なにしろ 発刊となる前日ですから そうして苦肉の策で 写真は小さくなりましたが 原稿の後半を そっくりと入れ替えてくれたのです それだけこの連載を大事に思ってくれている そう思ったら 嬉しいというより 怖いと言うほどの旋律が全身を駆け巡りました まかせて 書くわよ 決して期待は裏切らない との 武者ぶるいだったのでしょうか 書きたいことが山ほどあって 時折 大筋にそうはさし障りのない背景やプロセスなどは はしょる こともありますが 全てがありのままです ただし あくまでも 私の目で見て 私の耳で聞いて 私の感性で 書いているので ここもっと 詳しく書いてくれればいいのに って思ってくださる方もおいでかも でも どれだけ精いっぱい書いているかだけ せめてこれを読んでくださってる方には お願い わかって と 甘えちゃいます 被災者は まだまだ心 破れています 一年たってもそういうこと言ってるの と 被災地以外の方に言われるのが 傷口に塩をなすりつけられる思い との被災者は多いです 私たち自身が誰よりも もとの心に戻りたいと思ってるんだからね でもあの時の恐怖と喪失感と絶望感が まだまだ私の中に居座っているんだもん これが本当の私たちの思い もしかして 最終章の 仮設団地にて で もっとも言いにくいこと でも言わなきゃないこと を書くようになるかもしれません それは今の私にもまだ わかっていません どうかコメントで 私に勇気を下さい そして今は 愛知ボラセンの章を お楽しみください 返信 阿部邦子 より 2012年5月8日 11 50 PM この頃毎晩 このページを開いてから入浴 という夜が 多くなりました 新しいコメントがあると嬉しくなります ですがなくても 寂しいとか そうは思いません なぜなら 新聞社のほうに かなりの感想が行っていると 本日総局長が 言ってくださったからです それも よく書いてくれました 私も同じことを思っていました と 被災者は決して可哀想な人間ではありません ですから 同情はいらない 被災者はでも 大変な状態ではあります 何度も言いますけど 今まで当たり前に周りにあったものが 一気に何もかもすべてなくなるって どれほど大変なことか きっと想像力があっても 本当にはわからないと思います 私は実は プライバシーを重視するタイプです 一人になれる時間がないとダメです 一人になれる場所がないと ダメです なのに何カ月もの避難所生活を体験し 震災前には私の書斎を見られる人は 書斎に入れる人は そうはいませんでした 夫でさえ 私が書斎にいると 遠慮したものです それがいまや 食堂兼 茶の間兼 客室兼 そして書斎 その状態が 私にはどれほどきつい環境か いくら親しくても なかなか分かってもらえないと思います 作家でない限り でも私は積極的に このわけのわからない部屋と言うか 用途の多い収納場所がまるでないこの部屋を 仮設住宅というものを見たことのない人たちに お見せしようと思っている なぜか それは将来 そういったものに関わる仕事に つく人がいるかもしれないからです 関わりある人と 関わる人がいるかもしれないからです 最も隠してしまいたいものを公開してしまうのって 虫歯で痛い歯を 舌でぐいぐいと押すような 自虐的快感になっているのかもしれません 代筆さんは私を 一言でいえばかっこいい人 そう言ってくださったけど もしかして私の精神は 危ういところで踏みとどまっているだけかもしれない それは 自分でも わからない ただ 何に関しても平気な人 そう思われると 違うもん と 心の中で呟いています その私の心の中の呟きを 感じ取ってくれる人がいてくれると 救われます 辛いんだってば まだ 何をどう考えていいのかさえ 分かってないんだってば もう一年もたったから少しは落ち着いたろうなんて 何を根拠に判断してんのさ ねえ お願いだから 決めつけないでよね 経験したこともないのに 被災者の思いに 意見を言おうとしないでよね 言っちゃった 語弊があるだろうけど その叫びこそが 被災者が最も言いたいことです 語弊どころか なにそれ と 怒る人もいるかな 俺たちに意見言うなって 何様のつもりだ とかって 意見を言わないでということではなく 経験したことのないことには 被災者の思いには まずは耳を傾けてほしい そういえばいいのかな わかりやすく言えば 一つの例として 私は幼稚園に行っていません 入る年齢の時引っ越したんで もう その地域の幼稚園には空きがなかったってことで だから私は幼稚園の子の言葉には へえ 幼稚園って そういうところなんだ と 聞くばかりです 意見を言うときは ねえ どう思う と 聞かれたときだけ その考えを強制するつもりはまるっきりないけど でも そういう考え方もあるんだ それぐらいは 受け止めてほしいです 面白いことに 愛ボラのリピーターには 大きく分けて 二通りの方がおいでになります 十八成には もうがれきはないけれど これからも十八成を 見て行きたいという方たちと 十八成にはもう がれきがないから 自分の出番はなくなったという方たちと どちらにも ありがとうです 前者の方たちとは 本当にわかりあえたねと 言いあえてるし 後者の方たちはきっと 十八成での経験を生かして 他地域にまた大きな災害があった時に 駆けつけてくれるのだろうと 思えるからです 人には 向き 不向き もありますし それぞれが ご自分にできること ご自分の意に添うことを してくだされば つまりは いろんなタイプの方がいてくださってるから 愛ボラは 他のボランティアとは違って やり続けてくれているということなのだと 本当に素直にそう 思えています そしてやっぱり 行ってきます ただいま と言いあえるようになれたのは がれきを一生懸命撤去してくださった方々とのつながりがあったからです けど 聞いてくれる 見えるがれきはなくなっても 私たちの心にはまだ がれきの山 時には ただいまって言いたくなったな と思って 思ってくれるだけで 嬉しいです 返信 代筆 より 2012年5月8日 11 21 AM ここまで書いてくれたと 毎週 感動です 被災者の細やかな日常と その時々の気持ちをこんなまで書き残してくれる気持ちになられた阿部さんに 感謝どころじゃなくって 感動です これは後世に残すべきです それにしても愛知ボランティアセンターに この連載を掲載することを いいですよと言ってくれた 阿部さんご本人と新聞社が いかにみんなに 体験と思いを伝えなければと 強く思ってくれたかと思うと その思いに涙が出ます そのお気持ちを決して無駄にしてはならない 他でもない 自分と周りの人たちのためにです 出版となるようなことを書いておられましたが 決定でしたら 絶対絶対 お知らせください パソコンなんて一生使わなくて済むと思ってたんですけど パソコンがないとこういうこともかけない 伝えられない時代 私の気持ちを代筆してもらっております 邦子さんって呼んでね ってお聞きしたことがあって そう呼びかけしたかったんですけれども 恐れ多くて私は阿部さんになってしまったけれども じかにお会いしたら邦子さんですね ご本人がそうしてねと仰ってくれたことにこたえることが せめてもの私の感動のあらわれであります 連載だけでなく コメントくださった方への細やかな返信コメントもすごいです 優しい人だなあと思う 被災者になられてもこの優しさはと思うと 本物なんだなあと思う その優しさに甘えてしまって 阿部さんのつらい気持ちを 私たちは忘れてはならないんだよと 私は皆さんに言っておきます 阿部さんの文章は読みやすいです 作家としても本物なんのです そして阿部さんは いつ誰に聞かれても 筋の通ったちゃんとしたことを言ってくれると思うです それだけちゃんと 筋が心にあるということです 阿部さんを知らない人はほめすぎと思う人もいるでしょうが これでもたりないぐらいです 一言で言うとかっこいい人です 阿部さん体には気をつけて 心の復興 一日でも早くにと 心から祈っています 応援してます 言葉だけの応援なんかじゃなくて私にできることがありましたら何でもします 返信 岩谷 治 より 2012年5月3日 11 02 AM めぐりめぐって この連載を拝読させていただきました なにげなく読み出したら 一気に最後までいきました 読後感をうまく表現できません でも 阪神大震災の時から進歩していないこともあるのですね 阪神大震災の時も 救援物資を個人で送るときに 衣類の中に おにぎりが入っていて腐っていたり 救援物資として送られてきたものの中に これって みたいなものもあったと聞きます 心ない 救援物資は被災地を襲う第二の災害である と 当時 教えられたことを思い出しました 今まで 被災された方の情報はあっても ひとりひとりの想いみたいなものを理解できるようなものがなかったです これから しばらく拝読させていただきますので よろしくお願いいたします 返信 阿部邦子 より 2012年5月3日 3 41 PM 岩谷治さま ありがとうございます 阪神大震災の時から まるで進歩していないこともある それは私も強く感じていました というより その阪神の 被災者の大変さ 被災地の惨状 現状を 伝え続けなかったマスコミの責任も大きいと思います 伝え続けてくれれば 少しでもそのことで 学べた人もいたはずです そして 被災地以外の人たちの無関心さも 東日本大震災での 色々な遅れにつながったと思いますし 阪神大震災での過ちを また繰り返す結果になったのだと思います もし 私を含めて多くの人が 過去の 他地域の被害にもっと心を寄せていたら 危機感も薄れることなく きっと自分たちのためになったと思います だから私は この連載の話を頂いた時 正直もう思い出したくないとか 書きにくいことも書かなきゃ無くなるとか 逡巡 躊躇しましたが 私が書くことで 少しでも風化せずに済むなら 自分の体験を伝え続けることで 被災地以外の人が 少しでも危機感を持ち 一人でも多くの人に助かっていただけるかもしれないと 書く決意をしたのでした でっかいことを言うつもりも 偉ぶっているわけでも 高尚な使命感を持っているわけでもなく 私はただ 命をかけた私 たち の体験によって お願いだから助かって それだけの気持ちです そして 被災者はまだ 心救われてはいません それがあとどれだけ続くことか 私たちの思いを どれだけわかってもらえてるか まだ 東日本大震災の特集なんてやってるよ もう昔のことでしょ 今更 そういう世評が 視聴率を意識するマスコミの動きを鈍くします どうか 特集によって一つでも学び 自分と自分の大切な人を救う そう思ってほしいです 返信 阿部邦子 より 2012年5月1日 12 38 AM こんばんわ 被災前には道路一本横切れば海 と言うところに住んでいたので 道路を通る車の音も聞こえない ましてや 波の音も聞こえない ここ 仮設団地の夜は 本当に静かです 時折 ぴぃぃっ という 鹿の鳴き声が聞こえるぐらいです まあ そのかわり 雨の音はすごいですけどね あんまり静かで 時折 本当は 私はもう死んでいて ここって 海の底なのでは と 思うこともあります ですから 体調が悪くて 話すのもしんどかったり がんの手術の傷口がぎりぎりと痛んだりすると あ 生きているんだなあ と思います 4月22日 日 の連載 お休みでした 中学生野球が復活 したとかで その特集を組みたいと新聞社から言われて ああ もちろん どうぞどうぞ と応えました ですがこのページでは私 申し上げなかったので 沢山の方から 大丈夫ですか 具合が悪くて書けないんですか との お問い合わせがありました 新聞社や役場に私の電話番号を聞かれた方も多く また NТТの電話局に 石巻の十八成の 阿部恭一さん と聞いて 結局わからなかった と ボランティアにいらしてくれて 言ってくれた方も なんと 三人おいででした この場を借りて 本当にありがとうございます いよいよ 愛ボラ登場で 何度も申しますが 心に残っている皆さんを お一人お一人書くことはできません でもお一人お一人に語りかけながら 書き綴ります 今思うと あの時こうすればなあ ああ言えばなあ と思うことも 山ほどありますが まあ 被災者には 心身ともに余裕がなくて ごめんなさい って 言うしかありません 本当はもう 被災者であることに 疲れています 愛ボラの章の次は 仮設住宅にて の章で それで 完 とします 連載の話を頂いて 書き始めた時が 私の心の復興の 第1歩目としたら 連載を書きあげた時が 私の心の復興の 第2歩目 なのかもしれません 返信 渡辺友紀 より 2012年4月22日 8 36 PM なかなかコメントできずにいてごめんなさい でも 読んでました この土曜日も お世話になりました ありがとうございました 毎回毎回 終わりのミーティングのときの邦子さんの言葉に感動しています 邦子さん おっしゃってくださいました こんなにやさしいみんなだから 助かって って うちに帰って ああこれが自分の幸せなんだって思って って 邦子さんの連載を読んでも そのメッセージが伝わってきます 次回から 愛知ボランティアセンターさんとのことが始まるんでしょうか 楽しみです また 読みます また 十八成浜にも行かせていただきます 返信 阿部邦子 より 2012年4月23日 1 08 AM 友紀さん お仕事で疲れてるのに コメントありがとうございました 実はこの頃 時折 被災者でいることに疲れているので 優しいお気持ちに また歩き出そう という気持ちになれました やっぱり 震災前より 気持ちが弱くはなっています だからなおのこと意識して 元気でいなきゃ って どこかで無理をしているのかもしれません 先日 地元密着のボランティアの人が 他地域で講演を依頼されて数泊してきて ショックだった と言っていました その地域では多くの人が 鬱状態なのだそうです 亡くなった家族や近所の人を どうして助けてあげられなかったのだろう と自分を責めたり 何もかも無くした虚無感に胸をふさいでしまったり でもそれは 被災者だったら 誰にでもある感情です 一年たとうが もしかして人によっては 十年たとうが 薄れることはあってももしかして 一生抱えて行かなくてはならない十字架なんです それを友紀さんは感じてくれているんだと思います けど 優しすぎるのは困る 私たちの十字架を 少しでも軽くさせて なんて ダメだよ 笑顔をくれればそれが一番嬉しいです 十八成という 針の先でつついたような 小さな集落に 花を咲かせてくれるのは 皆さんの笑顔です 愛知ボラセンのことは 4月29日からの連載になります 心に浮かぶ方々のことを みんな書きたいけど それはかなわず ごめんなさい でも お一人お一人に 語りかける思いで書き綴ります 返信 渡辺友紀 より 2012年4月24日 3 53 AM お返事 ありがとうございます なんだか うれしい限りです 記事だけじゃなくて このコメントを読むだけでも 思いが伝わってきて胸が熱くなります 教えてくださってありがとうございます また コメントさせてもらいます 返信 阿部邦子 より 2012年4月16日 12 07 AM ①いろいろと情報 ありがとうございます 私 ウィキペディア に 載りました インターネットの 百科事典だそうで どなたが載せてくれたかは不明ですけど 身が引き締まる思いでした 微妙に違うところもありますけど 私は 絵本作家ではないですねえ おおまかには よく調べたなあ でした ②お手紙を託して下さる 以前 ボランティアにいらしてくださった方 が多々おいでになります お世辞 義理 建前 抜きで 本当にありがたく 嬉しいです で お願いなんですけど できましたら お手紙を下さった方のお写真を 同封していただけないでしょうか お会いすれば ああ なんですけど ごめんなさい 記憶があいまいな場合もありまして 失礼なやつで ひたすら ごめんなさい でも ああ あなたがくださったの と 立体的な思いで拝読させていただきたく よろしくお願いします 連載に書きましたが 被災者症候群がまだ根強く お返事が書けずにいます けど お気持ちはしっかり受け止めさせていただいております ありがとうございます ③私とは反対に 手紙は書けるけど コメント つまり 多くの方の目に触れる文は書けない そうおっしゃる方も多いですが 確かに コメントを頂けると 手ごたえは感じますが でも 連載を読んでくださっているという しっかりとした視点は受け止めさせていただいています 4月22日は 新聞紙面の都合でお休みとなりますが 29日から いよいよ 愛知ボランティアセンターが登場します その章が終わったら いよいよ 仮設住宅でのことを書きあげて 連載は終了となります あと少しですので 最後まで よろしくお付き合いください 返信 阿部邦子 より 2012年4月10日 5 17 PM この一年 本当に あっ と言うまでした 連載 正直 書くのが辛い と感じる時も ありました ですが書き始めたら これも書いておかないと これこそ訴えないと と 次々にでてきてしまって 決して 使命感に燃えて いるわけではありません もっと 何というか 静かな気持ちです 先日 名古屋で講演させていただいた時 カメラマンの方が ご自分の画で どれだけのことがどれだけの人に伝わっているか 自信がない と仰いました これは ご本人に許可を戴いて書いているわけではありませんが きっとわかっていただけると信じられるので 書かせていただきます 音楽 画 写真 文章 そして言葉 そのすべて 感性も価値観も人生観もまるで違う方々全員に わかっていただくのは難しいかもしれません 誰もが ご自分の価値観と感性をもとに 判断しますから でも私は今までと同じように 書き続け 語り続けます カメラマンの方にも 続けることが大事と思う と 申し上げました 人間 ご自分の体験と環境をもとに判断しますから 私の心情 体験を 何言ってんだか ともし 思えたとしたら そう思えるあなたは幸せなのですよ 当たり前に生きてることこそが 幸せなのですよ そういうことだけ わかってくれればいい 十八成にいらしてくれるみなさんに 後藤さんは 精一杯生きてほしい 恭一氏は 輝いて生きてほしい そして私は とにかく生き延びてほしい そのテーマでお話しさせていただいております それをわかってほしくて 時折 例として を話します その 例 だけを心に残してしまったら 私たちが最も訴えたいことが 伝わらない危惧もあります 4月8日の 自衛隊と警察隊のお話は 写真を見ていただくとおわかりでしょうが 背景 一面のがれきです そこに まだまだお若い隊員の方たちが 名古屋よりもっと遠くから 何か月と言う長い期間 赴任してくるのです 使命感に押しつぶされそうになることもあるでしょう そして 早朝から夜遅くまで 緊張の日々なのです そして私は避難所で 本当に今振り返ると 精神が病んでもおかしくなかった 日々でした そんな中 ふっと心通わせあえてつかの間得られた 安らぎ 実はこの記事を新聞で見て 良かったね そういう時間が持てて そうできる人たちに出会えて良かったね と 四名の方が 泣きながら電話をくれました わかってくれなくても 私は ああ そう受け止めたの なるほどねえ そういう考え方もあるんだねえ と言えます 作家ですから いろんな考え方に出会えるのは 私にとって 何よりの喜び 最高の学びです でもやっぱり まだまだ 正常 平安な心に戻ってはおりませんから わかってくれる人がいる それが何よりのパワーの源です あなたの 今 周りにあるものすべてが 一瞬にして消え去る そして 一歩間違えれば 生きてはいられなかった そして つい最近笑顔で話した多くの人が 一瞬にして亡くなってしまった そういう体験は 一年や二年で 忘れることなどできない 被災者は みんな そういう思いを抱えて なんとか歩きださなければと 歯を食いしばっているのです その できるだけ明るくいようとする姿に かえってこちらが勇気をもらえた と 言ってくださる方もいれば 違和感を覚えた と 仰る方もおられるのは 世の常です ですがここで今一度 被災者とはそういうものだと まずはおわかり戴きたいと思います 返信 阿部邦子 より 2012年4月2日 9 28 PM 久田ボス とんでもなくお忙しいのに 毎週 掲載してくださって ありがとうございます 最初の予定では 丸半年間 この3月で終了のはずでした ですが 例えば 被災者症候群など これを書かなきゃ これこそ書きたい ということが出てきて 石巻かほく新聞の 朝倉総局長が 理解してくださって でも 朝倉さんが 突然転勤となり 愛知ボランティアセンターのこと 邦子さんから話をたくさん聞いているんで どう描いてくれるか 見たかった と とても残念がってくれました その気持ちに応えるためにも 愛ボラの章 思い切り 筆をふるいたいと思います 皆さんお一人お一人に お話ししている思いで書きます 連載が完成したら 出版との話がありますので その節は どうぞよろしくお願いします 笑 返信 阿部邦子 より 2012年3月22日 1 55 AM まみさま 返信 にすると段々細くなるんで やがて 一行 って想像すると え なんで アドバイスありがとう でも記憶力には自信があるんで エッヘン じゃなくて 挨拶も講演もコメントも メモは一切とらない が主流になっています 本当に 被災者であること に 疲れています もしかして 連載を書くことによって 忘れたいことをまざまざと 思いだしている ってことも関係あるかもしれません でも 連載があるから 私は生かされている という思いは とても強いです どんなことも 体調や気分で 百八十度違う視点で見てしまう という 証かもしれません つまりは 心の平安は 自分次第 かも知れないですね 疲れた 面倒くさい つまんない わけがわからない などなど そういう言葉 思いこそ 海に捨てて しゃきっと顔をあげ 毅然として でも笑顔は忘れずに 歩き続けているうちに 心の復興がいつかかなうのかもしれません 被災者だけが大変なんじゃない 誰だって いろいろ背負って生きている 被災者の私たちから 何かを得てくれたらと 心底思っています 返信 いわさまみ より 2012年3月20日 2 32 AM くにちゃん こんばんは 先日は名古屋にて本当にありがとうございました ハードスケジュールになってしまってすみませんでした 来て頂いた皆さんに感謝の気持ちをモリモリ詰め込みすぎてしまったかな 皆さんと名古屋で時間を共有できてしあわせ者です 東京から行った甲斐がありました ずっと連載を読ませて頂いているのですが 文字にできなくてやっと今日キーボードが押せました でも 色々思いが巡ってまとまりません なので また十八成に帰ります 必ず という事が伝えたくて今は書いてます 縁あって出会った十八成の皆さんが一瞬でもホッとできる為に なんでもいいから 良かったって思ってもらえるように 一人では何もできないけど みんなでやれば何か出来ると いつも思いを馳せています 連載楽しみにしています では また 返信 阿部邦子 より 2012年3月20日 5 05 PM まみさま 先日は本当に大変に何から何までお世話になって なんか もう10日もたつなんて信じられないような たった10日前のことだなんて信じられないような いろいろと お付き合いいただいて ありがとうございましたっ 楽しかったね 沢山の方が話しかけてくれました 嬉しかったのは 思っている以上の人たちが読んでくださっているんだなってこと 十八成に帰った時の 邦子さんの 大らかで大きくて でも本当は傷つきやすくて気を遣いすぎてて泣き虫で寂しがり屋 で 自分が死ぬような思いをしているのに いざというとき あなたたちに死んでほしくないから だから連載を書いてるし こうして話してもいるんだからね 何か一つ きっと学んでね って 泣きそうな顔で言ってくれたことが 時々脳裏に浮かび そして 連載を読むたびに 心が震えます って言っていただいた時は ああ 魂を削るような思いで書いているって わかってくれている人がいるんだ って それこそ 泣きたくなりました それと 多くの人が 愛知ボランティアに関わっていることに 誇りを持っておられるんだなあと 頭が下がりました 愛ボラも 発足して 丸一年 偉大なイベントが終了 大成功 した今 もしかして 今後の指針をもう一度はっきりさせるときなのかもしれないと 感じました 大局的なことは やはり 久田リーダーの思いを尊重してこそ まとまる ってことかも どんなことでも ものでも 最初の姿のままってことはあり得ないし 愛ボラのリーダーは独裁者ではないので 疑問や希望は どんどん言っていいよね 私の思いとしては これ という 芯のある大木に 柔らかな瑞々しい青葉が いっぱい茂ってる って イメージかな 私はあくまで被災者で 愛ボラ側の人間ではないんで イメージを語ることぐらい それと お話を聞くぐらい 求められればちょっとした意見を言うぐらい 自分にできる精いっぱいの協力をするぐらいしかできないけど この10ヶ月間 土曜日は決して 他のボランティアを受け入れずにきた 愛ボラにはそれほどの思いを持っている それはわかってください とにかく 難しいことは もう いいっちゃ 楽しいこと 考えっぺっちゃ ね 返信 いわさまみ より 2012年3月21日 11 01 PM はーい 楽しい事 みんなで もーそー してますよ そのうちまた楽しいイベントしたいです 昨日また返信機能使えなかった 今日は送れますように 返信 阿部邦子 より 2012年3月22日 12 04 AM まみさま こんばんわ やっぱり 返信機能とか 使いにくくなっていますよね 匿名希望さんにどうしてもお返事したくて それもすぐにしたくて 結局 8回目でやっと とか 長文を段々削って 五度目にやっと とか 送信 ってやると 文章が消えちゃうんで 意地悪してるの 誰だ と 天をにらみました なんか 被災者でいることに 疲れてきました けど 復興ってなんだろう 返信 いわさまみ より 2012年3月22日 12 45 AM ここに長文書くときは 一旦 メモに書いて コピペしてます くにちゃんも試してみてくださいね 復興 なんでしょう もっともっと考えてみます 私たちに出来る事を 失敗することも ご迷惑をおかけすることも出てくるかもしれませんが そんな時は直球でダメ出ししてください それが お互いの糧となり 教訓となり 何かが見えてくるのかも みーんなが あったかい心になれる日が早く来ますように 阿部邦子 より 2012年3月17日 9 20 PM 現在 平成24年 3月17日 土 午後9時 11分 コメントを送れなくなり 送ってくれたものも届かなくなり どうしよう と思った今日 いしだかずひこ さんが いらしてくださり なんと 送れずに消えてしまったコメント 2通まで 復活してくれました が 油断はできません 改めて 打ってみます この連載は 私が想像している以上に多くの方が 読んでくださっていました 3 11 名古屋にて 驚くほど沢山の方が コメントできないでごめんなさい でも すっごく楽しみにしているし 邦子さんが語りかけてくれているようで 泣いたり笑ったりしています と 言ってくださいました この場を借りて ありがとうございます 愛ボラと私たちは 10ケ月かけて 少しずつ歩み寄り 理解しあい そして今があります 初めての方には おいでになるバスの中で そのことを 伝えてほしいと思います そして リピーターさんと 初めての方が 語り合える 座席にしてほしいと思います 初めての人の不安をベテランが和らげ そして がれきに囲まれていた私たちの辛さをじかに見てくれた その体験を話してほしいと思います そしてベテランは 初めての方から 初心を思い出していただきたい その二つがあいまってこそ 愛ボラの良さと個性が 浮き彫りになり 引き継がれていくのだと 思います 返信 もえか より 2012年3月17日 1 56 PM 邦子さーん ω いつも美味しいお茶と 楽しいお話ありがとうございます ω 大好きですっ ω これからもよろしくお願いします 返信 いしだかずひこ より 2012年3月17日 2 31 PM コメント復旧できましたかもしれません Σd 返信 阿部邦子 より 2012年3月17日 3 07 PM コメントは表示できますでしょうか テストしますが どうでしょうか 返信 阿部邦子 より 2012年3月17日 1 37 PM 石田です コメント復旧頑張ってます ノシ 返信 阿部邦子 より 2012年3月11日 11 36 PM 平成24年3月11日 日 午後10時55分 無事 十八成に到着しました 本当に何から何まで 至れり尽くせりで 招待された全員が 行って良かったあ と大感激でした 中学生 高校生の スピーチコンテスト 表彰式までいられなかったのは残念でしたけど 今まで私のほうが 訴え続けて きて 初めて 被災者ではない方々の 伝えたいこと を拝聴して とても気持ちが救われました 1等 2等 3棟 そして リゾートトラスト賞 三陸かほく新聞社賞 牡鹿がんばっちゃ賞 愛知ボラセン賞 とありますが どなたが 1等になってもおかしくない と思えました おそらく タッチの差の 接戦だったと思います マラソンのみんなを迎えたときは 言葉が出ませんでした マイカさんのご厚意で 夫 恭一氏と私も 壇上で ゴールのテープを持たせていただきました そして この喜びは十八成みんなでと 勝手に15人の方も 壇上に呼び それぞれがランナーの肩を抱き 感動を分かち合えました キャンドルはとても優しい光をくれました うふふ という 聞こえない笑い声が あたりに満ちました そして あの寒い中 順路のボードを持って立ち続けてくれた方々 たくさんのテントのそれぞれを受け持ってくれた方々 どの一人が欠けても 成功しなかったろうなと いま しみじみと思っています 葛城ユキさんのコンサートを聞けなかったことも残念です 縁あって 恭一氏がお願いしての実現なので お聞きしたかったけど 大丈夫 少なくとも 200人は聞いてくれて盛り上がったからね と 久田ボスからご報告を頂いて よかったあ と呟きました 沢山の方が 声をかけてくれました 8月以降 行けなくて と 涙ぐんでくれた人も 泊まり込みのボランティアをしてくれて 恭一氏に きっと博士になります と言ってくれた ハカセが 工学博士になれます 約束を守れました と報告をしてくれた時 恭一氏は そっか やったか やってくれたか と 博士論文を胸に抱いて しばらく目を閉じていました で 会場で会えたのですが なんだろ 私のイメージは お顔は間違いないのに もっと細い 身体も腺も細いって感じで あ 間違いないよな ハカセって と もごもごしてしまい 会えてすぐに やったね と 抱きつくはずが 照れ臭そうな笑顔で ほら ほら やっぱり ハカセだ とすぐに思えたのですが なんでだったんだろ 目標を達成して 一皮むけて ちょっとイメージが変わったのかもしれません 改めて おめでとう スタッフの皆さんもでしょうが けっこうハードなスケジュールで なんか一日 走り続けていたような気がします その分 密度の濃い 一日でした 久田ボス 次は何を考えてくれるのかなと わくわくしています 帰りの飛行機の中で お弁当を戴きました 震度 3 の地震があったそうで そのせいで 飛行機がかなり揺れ サービスのリンゴジュースが 紙コップから パシャン パシャンと飛び出すほどで でも誰も悲鳴を上げず 典子さんは平気そうにお弁当を食べ続け 飛行機は怖くて 実は大嫌い と言っていた美奈子さんも 平気そうにしゃべり続けていました 本当に お疲れ様でした 感動をありがとうございました 楽しかったです 返信 阿部邦子 より 2012年3月10日 1 12 AM 匿名希望さん なんでだろう 送信が不可になって 少しでも早くお返事したいと思いつつ 8回目にようやく 送れました コメントを送信 ってやると 文章が消えてしまうんです 実はこのコメントも 4回目のチャレンジです 東日本大震災で 私たちの一番の悔いは 津波を甘く見ていた 危機感が薄かったのは確かです 全ての人が危機感をもって行動していれば 亡くなる人はもっとずっと少なかったはずです 亡くなった方々を責めているのでは絶対にありません 私自身 危機感はあまりありませんでした まさかこんな大きな災害になるなんて 夫の咄嗟の判断で助けられたと あとになって思えました 風化させないということは 私たちのこと忘れないで ということと 命をかけて体験した私たちから きっと学んで いざというとき役立てて と いう 二つの意味があります 匿名希望さん きっと 助かってくださいね 何があっても お父様の分も生きてください お父様のご冥福 お祈りいたします 11日は 震災で亡くなった方への思いはもちろんですが 両親や 舅姑にも 私 きっと 歩き続けるから安心してね と 決意を報告しようと思っています そして けど ちゃんと 見守っていてよね って 一緒に合掌しましょうね 返信 阿部邦子 より 2012年3月9日 11 06 AM 災害が発生したら 身一つで とにかく早く 逃げてください それが一番助かる道です 普段から 家の周りやよく行く場所の周りを見ておき 大きな地震が来たら 火事になったら 津波が来たら どこが一番安全かを見ておきましょう 私の体験から言えば あれほどの被災でも 薬は案外早くに手に入りました 自衛隊の医師団や薬剤師 看護師 被災を免れた近隣の病院が 立ちあがってくれました 薬を取りに戻って亡くなられた方は多いです 薬はなんとかなります ただ 常備薬の名前は暗記しておいたほうがいいです 薬名さえわかれば すぐに手配してもらえますが わからないと 症状を詳しく聞かれ とりあえず この薬で ということになりますので インシュリン 抗がん剤 酸素 透析の治療を受けておられる方にも いち早く手は差し伸べられました 透析の場合 自衛隊のヘリコプターなどで 治療受入れ可能な病院に搬送 酸素に関しても 提供している業者は 被災を想定して大事に保管しているカルテによって 最大級の努力をし 酸素を運び続けたと聞いています そういった治療が必要な方は 普段から もし災害が起きたら どう対応してくれるんですか 私はどう動けばいいんですか と確認しておいたほうが安心です 災害が起きたら 考えるのはあとにして とにかく早く 安全なところに逃げてください 車は安心できません 渋滞に巻き込まれたら身動きがとれなくなるし 小回りが利きません 走っていれば 崖をよじ登ったり ベランダの手すりにしがみついたり けっこう助かる道はあるようです 考えるのはあと 災害が起きたら 慌てず 迅速に とにかく逃げてください 返信 今回は匿名で より 2012年3月9日 10 58 PM あれほどの未曾有の災害時に 医療関係の方々が素早く対応されたというのは 持病を持っておられるこの地方の方々には心強いお話だと思います そして 被災者である邦子さんから災害に関するアドバイスをいただけるのは本当にありがたいです 被災された方からこのような話を聞ける機会はなかなか無いですし 薬の話はとても参考になりました 私のまわりにも薬を常用している人間がおりますので 薬の名前等を書いた紙を非常袋に入れておくように言っておきます しかし 邦子さんのおっしゃるように 逃げる を最優先に考えると非常袋さえ持てない可能性があるので 私も薬名を聞いて覚えておきます 今回の邦子さんのアドバイスを読んで 自分の生活圏を もし大地震が起きたら という目で一度見直す必要があると感じました せっかく頂いた貴重なアドバイスなので 周りの人間にも伝えて 最大限活用させていただきます コメントありがとうございました 返信 阿部邦子 より 2012年3月10日 12 57 AM 今回は匿名希望さんへ ごめんなさい とても大切なことなので 即刻お返事を と思ったのですが なぜか送信不可になって 8回書き続けたものがすべて 送信できなくて また消えてしまうのかなあ と思っての文が やったあ 送れた なので ちょっと ぶっきらぼうな感のある文章になってしまいました 実は私は糖尿病でもあります 遺伝や不摂生ではなく 三度の癌を始め どれ一つをとっても死んでもおかしくない病気を何度もやって その強い薬の副作用かも と ちらりと言ってくださった方がおられました で 買い物中の被災で薬など持っておらず もう 言葉には言いつくせぬ異常な日々で ストレスもあって 自衛隊の医師団が来てくれたときには 血糖値がとんでもなく高くなっていて 今すぐにでも入院が必要な状態 と言われました で 薬の名前など覚えていなかったので とりあえず と たぶん 常備薬と同じような効き目のある薬を頂き 一週間だけ 入院は 待って下さい と言って そのころよく支給されていた カップラーメンや菓子パンをあまり食べないようにして 薬はしっかり飲んで 一週間後 入院はしないで済むぐらいには 血糖値を落ち着かせることができました 夫が センターに入所してくれている姑のことで心を痛め また 俺と結婚したばかりに こんな海の近くに住むことになって こんな目にあわせてしまって ごめん と言ってくれるような夫なので 自律神経が悪くなってしまって そういう夫を一人 避難所に置いて 入院なんかできませんでした この震災で 本当に思えること みんなが言うことは 自分の命は自分で守ろう 自分は安全なところにいたのに おっとりとしている奥さんが家の二階に残って 窓から下を見て 逃げている人たちに ここまで津波なんか来ないわよ と言っていたと聞いて 助けるために家に戻って 共に亡くなってしまったご夫婦 とても素敵な人たちだったので 残念で悔しくてなりません 津波は 地形によっては 3キロ先まで到達します 20数メートルの高さまで 波なんて生易しいものではありません 有害なものをぎっしり含んだ まっ黒なコンクリートの壁です 海側から来るとは限りません 渦を巻いて 右から左から前から すごい速さで押し寄せてきます 個々 危機感を持って 自分の命は自分で守る そう思うことがとても大切だと思います 風化しないということは 私たちのこと 忘れないで ということと 命をかけての私たちの体験を忘れずに 私たちから学んで という意味もあります こんな目にあうのはもう 私たちだけで終わってほしい それがかなわないなら どうか 災害を最小限に食い止めてほしい もし 非常袋を用意なさるなら 枕元と車中に 車で逃げないほうがよかったのに ということは多いですが 所在がはっきりしているところに置いておくほうが安心できます 私が 欲しかったのは タオル 下着 スニーカー 乾パン 水 そして寒かったので 寝袋か毛布 そして 常備薬 胃薬 消毒薬 カットバン マスクもあればよかったな この中で可能なものを 揃えていてほしいです 匿名希望さん お父様のご冥福 お祈りいたします 11日は 震災で亡くなった方へはもちろんですが 両親 舅姑たちへも 私 ちゃんと歩いて行くから 安心してね でもお願い 見守っていてね と 思いを届けようと思っています 一緒に合掌しましょうね これ 送信できるかなあ 返信 今回は匿名で より 2012年3月6日 11 26 PM 私の父は肺の病気で 家に大型の酸素ボンベを置いて そこから酸素を吸いながら生活をしていました そんな父がある日 大地震でも起きたら避難さえできないな と言いました 家に置いてある酸素ボンベは持ち出せるような重量のものではありません 携帯用のボンベに詰め替えることはできますが 父に必要な酸素量では 数時間しか持ちません 避難せずに家にいたとしても 当時 数日おきに家に届けられていた 酸素ボンベが災害時にちゃんと届くとも思えません 私はそれまで父がもし災害に遭ったときどうなるかを考えたことが ありませんでした 今 考えると 私は想像力に欠けていたと思います 何年も前から大地震がいつ起こってもおかしくないと言われている この愛知県に住んでいながら きっと大災害時には救急車の到着も当てにならない となると自分たちでどうにかして病院まで連れていくしかない でも 本当にそんなことできるのだろうか 父はそんな大災害に遭うこともなく その後 他界しました 東日本大震災でも震災で直接命を落とすことはなくても 持病により間接的に亡くなられた方は多くいらっしゃったのだろうと 今回の連載を読んで改めて思いました ただ もし当時 愛知で震災が起きていたらどうすればよかったのか 未だに答えは見つかっていません 返信 阿部邦子 より 2012年3月8日 11 10 PM なぜかどうしても コメントが送れなくなりました 今までは 必須記入は 名前だけで良かったはずなのに いつのまにか メールアドレスも で 匿名希望様にどうしてもコメントしたくて もう 7回 コメントを書いているのに 送れません テスト なんてのは 偶然なのか 二回 送れたのに 持病を持っている私はどうすればいいの そういったことで 心配なさっておられる方は 多いと思います ですからいずれ 連載に書こうとは思っていますが どうしてもコメントしたくて 何度も努力しています 返信 秋田由美 より 2012年2月24日 1 08 AM 邦子さんへ 今回の連載 何だか今までのものとちょっぴり違ったスパイスが入っていた気がしました ちょっぴりほっとするような 思わず微笑んでしまう素敵な文章 いろんな角度からのいろんな文章 またまた次が楽しみです 本当に十八成浜の人たちってみなさんステキ 震災という決して幸せではないことがきっかけで出会えたみなさんとの出会いですが 私たちを幸せにしてくれています 人として 何が大切なのか 改めて考えるきっかけを与えてもらった気がするのです すみません 失礼な言い方かもしれませんが うまく言えない でもそうなんです この間のサタプロの邦子さんの講演も素晴らしかった 被災者としての邦子さんの素直な想いが私の心に突き刺さりました 邦子さんの言葉には力があるな と思いました 返信 阿部邦子 より 2012年2月25日 11 36 PM 由美さま いつも優しいまなざし ありがとうございます 実は昨夜 コメントを書いたのですが 消えてしまいました 想像すると怖くないですか たまに 邦にメール書いたんだけど 送信 ってしたのになぜか そのメール 消えちゃった と言われ え と言うことがあったのですが それってどこに行くんでしょうね 削除 ならいいんですけど 誰か知らない人の所に行ったり もしかして 空中を浮遊してたりなんかして 言葉のお墓があって そこに行っちゃってるのかなあ 言葉 お墓には行かせたくないです ちゃんと相手の方のもとに届く言葉を発したいし 受け止めたいです 連載をお読みいただき コメントをいただくと 一緒に連載を書いてくださっているような気持ちになります 執筆ってたいていは真夜中だし 孤独な作業なのですが 読んでくださってる というまなざしを感じられると とても温かな柔らかなさわやかな ナニカ に包まれているような気がして これ 書くの辛いな と思えていたことも 書けます そして 講演にもいらしてくださって ありがとうございます お席の中央に華ちゃんのお顔を 発見 したときは お でした 私は 演台で話すとき みなさんのお顔を見ながら お一人お一人に語りかけるつもりで話すのですが ややもすると 華ちゃんのほうに視線が行っていました 愛知ボランティアセンターで その講演の時のことを まあ 愛知ボラセンの活動報告ではないのですが 卒業式や体調や所用でおいでいただけなかった方へ ということで その時の模様を ブログに載せてくださるとのこと おいでくださった方からそちらに感想などいただけたら 嬉しいです 作家として がん患者として もう何十回も講演はしてきましたが まさか自分が 被災者として演台に上がるなど 想像もしてなかった その初めての講演ですので どうか 今後の励みをいただけたらと思います よろしくお願いします 返信 渡辺友紀 より 2012年2月11日 1 03 PM がれきに咲いた花 被災者症候群を読ませていただきました 邦子さんの言葉を読む前には 私自身 少し気持ちを落ち着かせてから読むようにしています そうしないと ちゃんと読めないので 書いてくださって ありがとうございます 簡単なものじゃないですね ほんとうにほんとうに 被害に遭われた方々の気持ちは やっぱり 被害に遭われた方にしかわからないなあって自分の無力感を感じています でも 同じ日本に住むものとして 気持ちに寄り添いたいっていう気持ちはあるんです 邦子さんは 被災者全員がそうだとはおっしゃっていませんが きっと 同じような気持ちの方はたくさんいるのではないかなあって思っています どれだけの月日が必要なんでしょうか もう 1年たちます でも あのときから 時がとまったままの方もまだまだいらっしゃるんでしょうね 何もできなくて ほんとうにごめんなさい 2月18日の講演には行かせてもらいます 邦子さんに会うと 私は元気になります 返信 阿部邦子 より 2012年2月11日 10 07 PM 友紀さま コメントをありがとうございます 被災者症候群 実は一番書きにくい章でした でも テレビでも体験談でも 触れている人は 私の知っている限りではないんです これを書かなきゃ連載を書き続ける意味が半減する そう思っての決断でした 私は元気に見えるらしく 大きな病気をしても 邦は絶対にこんなことじゃ負けない と思われます 今回の震災でも 沢山の方が私の生死をとても心配してくれましたが 同時に 邦は生きてる 生きてさえいればどんな場所ででも 精いっぱい輝いてくれている そう思っていたと 言ってくれました 私だって辛いのに 私だって頭を抱えてうずくまりたいのに 私だって心の中は喪失感で占領されているのに それでもやっぱり私は ちょっとは元気でいられてるのかも ちょっとは頭をあげて歩き出そうと思えてるのかも だったら どんなに書きにくくても 今の思いを書き続ける使命がある 今日は 2月11日 震災後 丸11カ月が過ぎた日 でもこの11カ月は とてもとても 長い時間と思えます そして同時に 心の回復には まだ 短い時間です 何もできていないと思うのは やめてね 気にかけてくださっただけで とても心がぬくもります 愛ボラの方々には 私には何ができるだろう と 思うことが 実現できるかどうかはその次に考えるとして とても大事と 教えていただきました 多くの人が 邦子さんは私のお姉さん と言ってくださるけど 本当に本当に 実年齢など 関係ない 私にとっては皆さんがお姉さんであり お兄さんです 久田ボスは そう 私たちみんなの 長兄です いつも 多くのことを 教えてくれます 久世さんは 末弟 今度の講演 聞いて下さるすべての方に 精いっぱいの心をこめて 話させていただきます 今 感動で 眼がうるんでいます 優しさを ありがとう 温もりを ありがとう 返信 秋田由美 より 2012年2月7日 12 27 PM 華子の母です 今回もまたお世話になりました いつも私たちを温かく迎え入れてくださり 本当にありがとうございます 演奏を聞いて涙が出るとおっしゃる方 全く泣けない 震災以降一度も涙がでないとおっしゃる方 いろいろな方 そして邦子さんの連載を読ませていただき それぞれに震災の体験が違うんだな と改めて感じました どの方にとっても 私たちの想像をはるかに越えた体験であることに変わりはないのですが ひと言では語れないという事 いや

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  • 現地ボランティア参加者の感想 | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター - Part 3
    ありがとうございました 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 十八成浜 人と人とが心でつながるとはこういうことなんだな Posted 2013年 10月 3日 0 Comments 初めての参加ですごく緊張しました 私に何ができるのだろう 活動する前 こんな考えを持っていました しかし活動していく中でこの考えは間違っていることに気づきました 何かをしてあげる そんな上からの目線で活動しようとしていた自分がすごく情けなかったです 現地の人たちは 何かをしてもらいたいわけではないと気づけたのです ただ一緒に過ごし 話を聞く こんな何気ないことで 現地の方々が笑顔になってくれる そんな姿を見てすごく嬉しかったです 心配りでは 担当地域の方 一人一人の目を見て笑顔で会話をしたり 優しく家に招いてもらいお茶っ子をしていたりすると 昔からの友人のような気になり 人と人とが心でつながるとはこういうことなんだなと改めて感じました ボランティアを通して 人の暖かさ 生きる強さ 信頼し合う絆のたくましさを学ぶことができました またぜひ 十八成に帰りたいです 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 台風18号 常に心の準備をして臨むようにしたい Posted 2013年 10月 3日 0 Comments 久世さん 御尽力有難うございます 本格的な災害ボランティアは 今回が初めてでした 消防団経験のない者には 色々勉強になります 小浜市は 北前船ゆかりの由緒ある所と聞いてましたので 馳せ参じることが出来て嬉しく思います 郷中 に御奉公出来たでしょうか 都市住民でも どこかの 家中 郷中 に御奉公出来れば 嬉しく思う時もあるみたいです 富岡応援第1回目の時は 原発事故の被災地に対する好奇心 冒険心が先立って 諸々の準備 家中 郷中 に対する愛が足らなかったのかもしれません 今は諸々の経験を手近な所で積んだ方がいいと思います 北陸 南紀も 愛すべき 家中 郷中 のある みちのく として 常に心の準備をして臨むようにしたいです 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 台風18号 現地の皆様が早く普段の生活を送れるようにと願っています Posted 2013年 10月 3日 0 Comments 第2回目の小浜市台風18号現地ボランティアに親子で参加しました 愛知ボラセンの皆様 当日ご一緒した皆様にはほんとうにお世話になりました リーダーさんのバテるから気を付けて活動してね のお言葉通り 翌日は疲れからだいぶ昼寝をしてしまい ボランティアするには日頃からの体力作りもだいじだな と思いました マンション住まいの私は旧家の床下を見るのが初めてで 最初はなにがなんやら分からずとまどいましたが 班の皆さんと作業させていただくうちに 心を込めた作業で少しでもお役に立ちたいと頑張りました 立派なお宅の片づけのお手伝いをさせて頂けたことに感謝し 現地の皆様が早く普段の生活を送れるようにと願っています 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 台風18号貴重な体験をさせていただいた Posted 2013年 10月 3日 0 Comments 水害後の大変なお宅が徐々に片付いているのを目の当たりにでき 被害に遭われた方のお役に 少しは立てたのかな と思え嬉しくなりました 台風発生後 直ぐに行動を起こされ 数日でバスを出す手配をされた愛知ボランティアセンターの行動力には驚きました スタッフの方の行動力に魅了され 今回参加に踏み切れたように思います 当日は 作業分担を効率よく手分けしている光景を見て とても安心して作業に取り組めました 埃など充満する中 マスクをされていない方がいらっしゃったので 呼吸器系へ影響ないか心配になりました 貴重な体験をさせていただき ありがとうございました また参加させていただきたいと思います 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 3 17 1 2 3 4 5 10 最後 定款 会計報告 所在地 よくある質問 メディア情報 愛知ボラセンミニヒストリー 動画サイト 愛知ボラセンTV リンク Twitter aichiborasen からのツイート follow me RSS アクセスカウンター Total 1615296 Today 358 Online 0 モバイルサイト Back to Top サイトマップ トップページ 愛知ボラセンについて スタッフ紹介 3 11被災者応援イベント お知らせ 宮城県 十八成浜 ボランティア 宮城県石巻市十八成浜ボランティア詳細について 愛知ボラセンミニヒストリー 参加者の感想 活動報告 感想 ブログ 震災孤児遺児応援 ワンコイン サポーターズ 20 000人プロジェクト

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  • 現地ボランティア参加者の感想 | 特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター - Part 4
    声を大にして応援する ずっと応援し続ける お互いに平等に 同じ立場として触れ合い 励まし応援する その心に賛同致しました また 阿部ご夫妻の ボランティアに参加しようという気持ちを持つことだけで もうすでに99 ボランティアしていることになる というお言葉にも心励まされ 深く感謝致しております 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 現地ボランティア参加者の感想 第30回 生きたボランティア の意味 Posted 2011年 11月 7日 2 Comments バスで町を走っている時 前回参加した5月末よりだいぶ瓦礫が撤去されていて 復興の進み具合が目に見えてわかり 嬉しかったです 今回の活動を通して 今の自分に足りないものが見えたような気がしました それはとても大きいことに思えます そして 一番今回で自分の中で大きく残ったのが 阿部邦子さんの言葉でした 阿部さんの 忘れられる事が一番恐い という言葉が とても とても重かったです 本当に 強く 切実な表情でおっしゃっていたので 心の底からの叫びなんだと感じました 同時に 自分の過ちに気づきました その時まで どれだけ沢山の瓦礫が撤去できるか とか 如何においしい料理をつくれるか というのが大事なことだと思っていましたが ただ彼らに会いに行き 話し 笑う それだけでいいんだ それが彼らの求めてること 生きたボランティア なんだ とわかりました だから また必ず行きます 何もないし 何もできない自分ですが 彼らが必要としてるならば 自分が行きます このボランティア活動がなくならないためにも また十八成浜に戻ります 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 現地ボランティア参加者の感想 第29回 支援 ではなく 応援 Posted 2011年 11月 7日 3 Comments 愛知ボラセン初参加の私が これまでみなさんが応援に力を注がれてきたこの小学校の避難所としての閉所式に立ち合わせていただくことに ただ感謝の念と 不思議なめぐり合わせを感じるばかりです ボランティア については人それぞれ 求めるもの 得られるもの 立ち上がるきっかけも違うでしょう それでも ただひとつの願いを共有することが大きな原動力になる 被災 についても人それぞれ 失ったもの その中でも得たもの 立ち上がろうとするきっかけも違うでしょう それでも ただひとつ 復興への願いは共有できる かつてない震災に それぞれの事情と感情が絡み合い これからも葛藤の日々は続きます すべてを万事丸く治める方法はなくても できることからひとつずつ積み重ねていくことで 心からの笑顔が 日常が一日も早く戻ることを願ってやみません 今回 被災地で出会えたみなさん 愛知ボラセンのメンバーとしてご一緒させていただいたみなさんの行動 言動 表情から 謙虚さを学ぶことができました 支援 ではなく 応援 という姿勢が こうした土壌を育まれたのだと感じた0泊3日間 この経験を糧に また応援にあの地へ帰りたいと思いました 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 現地ボランティア参加者の感想 第28回 聴く Posted 2011年 11月 7日 0 Comments 仮説住宅 一般住宅に訪問する係では 今週も愛知ボランティアが来たこと炊き出しをやることを伝えに一件一件まわります 現地の方は愛知ボランティアが来ることを楽しみに待っているので 毎週土曜日を楽しみにしてるよ や 少し上がって一緒にお茶しよ といってくれる方もいます お茶をしながら震災の日を語っていただける方もいます 震災を思い出すことはとても辛いと思います それ以上に私たちに何かを伝えたいのだと思います だからこそ 私は話を傾聴することも大事なボランティアだと思います 現地ボランティアに参加する Posted in 現地ボランティア参加者の感想 現地ボランティア参加者の感想 第28回 4 17 先頭 2 3 4 5 6 10 最後 定款 会計報告 所在地 よくある質問 メディア情報 愛知ボラセンミニヒストリー 動画サイト 愛知ボラセンTV リンク Twitter aichiborasen からのツイート follow me RSS アクセスカウンター Total 1615296 Today 358 Online 0 モバイルサイト Back to Top サイトマップ トップページ 愛知ボラセンについて スタッフ紹介 3 11被災者応援イベント お知らせ 宮城県 十八成浜

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